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作品 - 20160601_130_8859p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


あの木

  宮永


あの木がさらさらと風を濾しているから
今日も青く澄んだ空には風が吹いている

この木はあちこちに生え育っているから
手を伸ばしちぎりとってはプーと鳴らす
親指ほどの楕円形の葉をそっと唇にあて

甘い香りに見上げると、かぶさるように
滴るように、藤の花によく似た白い花房
葉を凌駕して、ゆたりゆたり揺れる初夏

この木に名前は必要なかった
気がつけば目の前にあったから
子供の頃、多くのものがそうであったように
そしていつの日か
僕はこの木の名前を知った





〈ニセアカシア〉

生まれたときから既に 君たちは
軽んじられている
差別されている
蔑まれている
ニセモノ
二番煎じ


でも君たちは気にしない
呼ばわる声に耳もかさず
のびのびと、どこ吹く風
甘い香りのする白い花房
これでもかとぶら下げて
 
ニセアカシア
それはただの呼称
名前は他から区別し
認識するための
僕らの道具

けれども 悲しいかな
僕は君たちに告げねばならぬ
深い意味を持たぬ「ニ・セ」という音も
何らかの風味を伴わないではいないのだ、と





甘い香りに誘われて見上げると
やはり、ニセアカシアの花盛りだった

たぶん、目に映る光景に大きな違いはない
けれど僕は見るたびに、思い起こすたびに
片隅に「ニセアカシア」と銘打ってしまう
しなやかで粗野な繁殖力に満ちたこの木が
何の紛い物でもないことを知ってはいても

すぐ前に、手を伸ばせばいつもあったのに
そして今も変わらずあるというのに
いつの間にかに距離ができ
その距離を測る
名前に
知に
囚われたのは、僕
頑なに隔たってゆくのは、僕
あの頃に戻れないなら、いっそ
 




ああ、僕の上だけ雨よ降れ
まとわりつく
このニセモノの花の香りを
洗い流してしまえ

文学極道

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