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作品 - 20160601_108_8857p

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みずきりさきおくり

  

サワガニを飼っています。毎日、毎日、世話をしています。このような生活を送るようになったきっかけは、鮮魚が美味しいと町で話題のスーパーで、当時、僕が好きだった人が、サワガニを生きたまま買って来たからです。お惣菜を入れるような、簡素なプラスティックのパックの中で、サワガニのどれがどれの足なのか、分からないくらいにこんがらがって、ひとつの塊になっていました。不憫だなぁと思いながら、輪ゴムで縛られているパックをよく見ると、高知県・吉野産と書いてありました。愛媛県と高知県の県境に位置する山村に、僕が幼少を過ごした家が在るのですが、その近くを流れる清流が、下流で吉野川と合流しています。もしかすると、スーパーでこのサワガニを見つけたとき、溯ってきてくれたのかもしれません。

懐石料理の八寸に、サワガニの姿煮が付いていたのを覚えていました。ネットで検索すると、たくさんレシピを見つけることができました。とりあえず、サワガニを調理用のボールへ移しました。サワガニの塊は、円を描きながら滑り落ちていきました。しかし、ボールの底に収まったのも束の間、脱出を試みるサワガニの上に、他のサワガニが乗り上げ、登っては滑り落ち、互いのハサミで足を引っ張り合っていました。暫く眺めていると、一匹のサワガニが、ボールの縁に片足を引っ掛けることに成功しました。僅かに縁を掴んだか細い足で、体全体を引っ張り上げると、諸手(ハサミ)を挙げ、殻いっぱいに重力を吸い込み、外に落ちました。ボタン!それは予想に反し、物凄い勢いで走り出しました。驚いた僕達も、なんとか捕まえてボールに戻すのですが、一匹を捕まえている間に、また別のサワガニが脱出するので、それを慌てて捕まえていると、紐の結び目を解いたように、サワガニは続々と逃げ出して...たまらずフライパンで蓋をしました。

サワガニが逃げ出さないような、容器を買いに走りました。ひとり車を運転をしながら、この事態を頭の中で整理しているとき、アクセルを踏み過ぎていたように思います。100均のダイソーで、洗った食器を預け置く用の、水切りカゴを買いました。トレイの内側から、水切り網を抜き出し、逆さまにしてトレイの上に被せると、水切り網は網目の蓋になりました。蓋がトレイから外れたりずれたりしないよう、合わせてガムテープも買いました。本当は、もっとシンプルな底の深いバケツ的な物を、お互いにイメージしていたと思うのですが。

帰ってくると、夕飯の支度が整っており、炊飯器が、ご飯が炊けたことを知らせていました。買ってきた水切りカゴとガムテープを、袋から取り出して見せると、え? という顔をしていましたが、トムヤムクンという、タイ風のエビ入りスープを作ったようで、頻りに味見をしては、満足そうにしていました。いつもは、味は分からないとか、保証できないと言って、楽しみを先送りにする人なのですが、この日はめずらしく、そのような楽しみを忘れてしまっているようでした。食卓の隅っこでは相変わらず、ボールはフライパンで蓋をされていました。ボールの中からは、砂利を刮ぎ取るような音が漏れ出して、部屋中に立ち籠めていました。外では雨が降りはじめ、町並みを薄暗く染めながら、やがて夕立ちになっていました。水切りカゴは、ベランダにほうり出されてしまって、物干し竿をつたい落ちている、雨水を溜めていました。干されたままの洗濯物は、秒針が刻んだ時の後方で、ぶら下っていました。太陽の光波は、雲の内側で今を透かしながら、今日の思い出を街明りに譲り渡していました。暗い場所、明るいところで、光は同じ意味を以っているように思いました。トムヤムクンはそれなりに、酸っぱく辛くありました。僕はテレビのボリュームを上げました。サワガニの救命活動も、先送りになったままです。 

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