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作品 - 20151001_207_8344p

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離岸流

  

夏終盤の海でクラゲのようにたゆたっていたら、冷たい流れに捉えられた。陸地へと必死に泳いだけれど、押し戻され、押し流されて、同じ場所でもがくのが精一杯だった。
浜辺には色とりどりのパラソルの下で寝ころぶ大人たち。叫ぼうとして泳ぎやめたとたん私は、沖へ奪い去られるに違いない。



     
肺をふいごのように踏む足
心臓をきゅとつかむ手
のど元につかえる頭
胃の腑に座り込んでいる重さのあるもの
不意に内側から突き上げてくる感触は
腹を蹴る胎児に少し似ている
お前の名は「哀しみ」

のどを割いて這い出そうというのか
捨てられまいとしがみついているのか
私には押し殺すことも
吐き出すこともできない
私が胸に孕んだものでありながら
私を蝕む私でないもの
私を呑み込み溺れさせようとする 
 あの日の離岸流 
      押し戻されて
    押し流されて
      いつまで足掻いている
        いつまで溺れている       
     だけど
      助けてと 力をゆるめたら 
   最後  
            呑まれてしまう

      呑まれてしまえば  
     

あの日、あれからどうなったのか、私は覚えていない。何が変わったのか、何一つ変わらなかったのか。生き延びてよかったのかも明言できない。今、哀しみの中にあっては。
力尽きて、誰もいない浜辺に打ち上げられて横たわり、淡くなり始めた陽光に濡れた身体を乾かしてからであれば、何か言おう。
胎児のようなお前を抱いて。

文学極道

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