#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20150708_238_8181p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


弟の闇について、

  泥棒

地獄/

弟は美術の専門学校へ行きながら地獄でアルバイトをしている。
週2日、
地獄でハチマキを巻いて生ビールや梅サワーを
何百杯も何千杯もつくり
夕方から夜中まで働いている。
弟は地獄でドリンカーと呼ばれている。
ひたすらドリンクをつくる係の事だ。
そして、ほぼ毎回のようにドリンカーズハイになっているらしい。
駅前のカラオケ屋の隣りにある地獄は365日いつも混んでいる。
夕方の開店と同時に
たくさんの人々が地獄へ押し寄せて来る。
地獄の見た目はどこにでもある普通の居酒屋だが
店員もお客さんもみんなこの店を地獄と呼ぶ。
店名が地獄だから。

店長/

地獄の店員はみんな
店長のことをブラピ店長と呼んでいる。
それは店長がブラッドピットに似ているからではない。
店長の好きな俳優がブラッドピットなわけでもない。
店長が
(俺をブラピと呼べ
そう言っているから、それだけの理由で
みんなとりあえずブラピ店長と呼んでいる。
店長は角刈りでルックスは地味なのだが
自らハードルを上げる、そのズレたストイックな姿勢は
店員やお客さんから時に失笑されつつも
レモンサワー10円の日や
唐揚げ100円で食べ放題の日
ポロシャツの襟を立てて御来店の方、全品半額の日
ピアノが弾ける方、アルコール類すべて15円の日
さらには
詩を書いている方、焼き鳥2本サービスの日
きれいな比喩を使いこなせる方、グラスワイン一杯無料の日
描写が丁寧な方、次回500円引きクーポン券プレゼントの日
作品のタイトルにセンスがない方、お通し千円の日
改行が下手な方、罰金五万円の日
顔がオダギリジョーに似ている方、お断りの日
死にたいと考えている方、全額無料の日
すべてにおいて自意識過剰な方、コーンスープおかわり自由の日
テキーラサンライズって言いたいだけの方、出入り禁止の日
北原白秋が男か女か知らない方、全品459(地獄)円の日
日本史とエヴァンゲリオンが好きな方、店長おすすめサラダ半額の日
今だにビートルズが最高のバンドだと思われている方、半殺しの日
ピカソを天才だと信じている方、国外追放の日
酔うと服を脱いで笑いを取ろうとする方、春巻一本サービスの日
落語や歌舞伎に詳しい方、私語禁止の日
童貞と処女の方、地獄オリジナルストラップをプレゼントの日
詩とは絶対にこうであると定義している方、論破の日
詩を書いたことがない方、日本酒無料の日など
その意表を突くアイデアで実際に店を繁盛店にしているため
細かい事に関して弟はもちろん、誰も何も言えない。

油絵/

弟は油絵を描いている。
様々なアイデアや方法で
どうやら自分の心の奥にある
闇らしきものを表現しているらしいが
基本的なデッサン力がないせいなのか
そもそもセンスの問題なのかわからないが
ただわけのわからない抽象画としか思えず
正直、退屈しか感じない。
そして何より、とにかく雑で純粋に下手すぎて
とても芸術とは思えない。
弟が、もしも、あえて、
いわゆる芸術とは真逆の方向を目指しているとしても
同じ印象にしか感じられない。
しかし、そんな弟が夕飯時に
頼んでもいないのに三ヶ月に一度くらいのペースで
不意に披露する古畑任三郎のモノマネはむちゃくちゃ上手い。
そして誰の古畑任三郎より面白い。
それを見た日は確実に、ご飯がいつもより美味しい。
その無駄にクオリティーの高い古畑任三郎を見る度に
弟が、どのような闇を抱えているのかわからないが
たとえ同じ家に生まれ同じ環境で育ち
同じような物事を経験してきても
それは本当にわからないが
こいつ、これを油絵で表現したらいいのにって
いつか弟の抱えている闇が
ユーモアや、日常にある普通のリズムや素朴さ
そのあるのかないのかわからない
ブラピ店長のようなセンスで
油絵の中で昇華できたらいいなって
その時は地獄へ冷やかしに行ってやろうかなって
来月に合コンがあるから
それを地獄でやるのもいいかなって
みんなに弟の古畑任三郎を見せてあげたいなって
そんなことを思いながら
私はいつもより美味しいご飯を
キャベツの多い野菜炒めと肉じゃがをおかずに食べているのです。

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.