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作品 - 20150312_686_7963p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


姉のネーミングセンスについて、

  泥棒

朝、
ベランダで
台所で
居間で
階段で
玄関で
庭で
近所で
コンビニで
駅前で


昼、
職場で
ファミレスで
取引先で
トイレで
タクシーで
本屋で
スーパーで
包丁振り回してんのが
俺の姉
めっさ、かっこいい、
今日も
町のあらゆる場所で
ずっと包丁振り回してる

夜、
姉は部屋で静かに本を読んでいる
海のある町で
でも他には何もない町で
ひとりの少女が様々な困難の中で
人々との出会いを通じ
少しづつ成長し大人になるも
最後は鉄塔から飛び降りる話
少女と海と鉄塔
たしかそんなタイトルの
ありふれた
小説か詩集かノンフィクション
姉はいつもその作品だけを
何回も読んでいる

ところで、
俺の家には姉がわっしょいと名付けた犬がいる。とても賢いゴールデンレトリバーである。ちなみに散歩係は俺だ。わっしょいの毛なみはきれい。姉が毎日ブラッシングしているからとてもきれい。姉はわっしょいといる時だけ包丁を振り回さない。優しくわっしょいに話しかけてる。


日曜、
俺は早起きした。今日は天気もいいし、わっしょいを連れて車で2時間。海へとたどり着いた。砂浜でわっしょいと散歩しながら姉のことをすこし想う。今頃、部屋でノートに意味不明な詩を書いている。きっと書いている。そして、たぶん、ノーブラで書いている。何年か前にとある詩のサイトへ姉は作品を投稿していた。
俺はそれを知っていてこっそり覗いていたのだが姉の作品はボロカスに叩かれていた。

そして、
(意味わかんねぇよ
というレスに対して
私もわかんねぇよ、と切り返し
(ただのオナニー作品でつまらん
というレスに対しては
オナニーは毎日してます、
主に妄想でしているので
エロ動画とかは見ませんね、と
論点のずれた無駄に丁寧な返信をし
挙げ句の果てには
(とても面白かったです
という貴重なレスに対して
だから何ですか?と
謎の逆ギレして
最終的に
出入り禁止になっていた。
そんな姉だが
包丁振り回してる姿は
めっさ、かっこいい、
そして
俺の姉はネーミングセンスがある
褒めても逆ギレされるから
俺は何も言わないが
絶対にネーミングセンスだけはある
この前も
姉が留守の間に部屋に入り
最近書いている詩を読んだが
内容はやはり意味不明だったけど
タイトルだけは良かった。
森森の森というタイトルだった。
すこし引用してみる

冬の森で
置き去りにした耳を
かいじゅうたちにあげた
春の屋根裏で
言葉をこんがり焼いたのに
森はまだ寒い、
(俺の姉「森森の森」)

どうだろう、
まず何より意味がわからない
現代詩みたいなものに犯されている
つーか、
意味がない気がする
もちろん意味がなくてもいい派の人
そんな人もいるだろう
とにかくつまんないのだ
雰囲気だけなのだ
そりゃ、叩かれるだろうよ、
でも、やはり、
森森の森という
このネーミングセンスだけはいい
無駄にいい
意味あり気で意味ないところが
とにかくいい
いや、姉の中では意味あるんだろうけど。

日曜の海、
まだ人はあまりいない
わっしょいは太い枝をくわえて
嬉しそうに走り回る
俺も一緒にひたすら走り回る
しばらくして
近くのカフェで休憩していると
冬の砂浜にも人が増えて来た
ゆっくり時間をかけて
ランチを食べている俺の膝に
わっしょいが鼻をくっつけてくる
どうやらまだ遊び足りないらしい
もうちょっと待ってくれよ
そう声をかけると
わっしょいは足もとで
昼寝をはじめた
コーヒーを飲み終え
わっしょいの寝顔を撮り
姉に写メで送ってから
わっしょいと
もう一度砂浜へ行き遊んだ
疲れを知らないわっしょいである
途中でおばちゃんに
(かわいいわんちゃんですね
と言われ
わっしょいは照れながらも
嬉しそうに笑った
陽も暮れはじめた頃
猛スピードで
海岸線を救急車が走っていく
その爆音を
映画みたいに切り取ったら
1時間くらい耳鳴りが続いた



わっしょい、おいで!



大好物のササミジャーキーを
おやつに3本あげて
わっしょいの背中を撫でる
姉に負けないくらい丁寧に撫でる
夕暮れ
それよりきれいな
わっしょいの毛なみ
落ちていたペットボトルを
上手にくわえ
今度はこれで遊ぼうよって顔で
わっしょいが俺を見る
冷たい風が吹く
わっしょい、そろそろ帰ろうか

渋滞の海岸線、
車の窓をすこし開ける
波の音は聞こえない
となりのでかい
俺の車の10倍はでかい
ダンプカーのエンジン音だけが響く
わっしょいが助手席にいるから
俺は煙草を吸えないので
ポケットにあった
いつのかわからないガムを噛んで
なかなか進まない
渋滞の列をぼんやり見ていた
わっしょいは
何か言いたそうに
遠くの鉄塔をずっと眺めていた、

文学極道

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