視線
雨が上がって 朝陽が長方形の車窓から射している
いつものように七時三十分頃
一番線ホームの昇りの電車に乗り 乗車口の脇に凭れて そとの景色を見ている
車内は満員である
突然 身体が前のめりになり
急ブレーキをかけた車両は エンジンを切り 止まった
車内の蛍光灯も いつのまにか 消えていて
薄暗くなっている
ぼんやりとしていたが わたしは 異変に はっきりと眼を覚ました
事故だろうか しばらくたっても車掌の連絡放送はない
車内では 乗客は なにも口を発せず 異様にしずかである
気がつかなかったが 下りの電車も止まっている
すれ違うことはあるが 止まってすぐ隣に電車がいるのはめずらしい
しかも あまりに近いので 下りの電車のひとたちが はっきり見えている
乗客は スマートフォンを見ていたり 新聞を見ていたり
つり革を両手で握り 外を漠然と見ている
ふと そのなかで 黒髪の端正な顔立ちの女性がこちらを見ている
いや わたしを見ているのだ
よく見ると 憎しみに充ちたような眼
目線を 全く逸らさずに わたしを見ている
その凍るような眼は 少し含み笑いが混ざり合っているように 見える
わたしは初め 不思議で その女性を見ていたが
少しずつ怖くなり 度々 耐えられずに 目線を逸らして見たが
とても気になり その女性をみてみると
相変わらず わたしを凝視している
どこかであったひとだろうか 全く覚えがない
いままでに 故意に 女性にひどい思いをさせたことがない
それは 自信がある
もしかすると わたしが気づかずに 知らなところで
とても 辛い思いをさせたひとなのだろうか
いや きっと わたしに似ている男と勘違いしているのかもしれない
十分にあり得ることだ そうに決まっている
でも あの目つきはどうしたことだろう 尋常な形相ではない
しかし あんなに美しいひとに何をしたのだろうか 相当ひどいことをしたのだろう
電車は いつ動くのだ 最悪なのは 下りの電車も全く動く様子がないことだ
もう三十分もこうしている
しかし こんな憎しみの眼で わたしを見ているのだから
誤解を解くために その女性に会うべきではないだろうか
とても そうしたい気分だ
でも 電車が動けば、反対の方向に行くのだから 二度と会えない気がする
ふいに 女性がなにか口を動かしている
何を言っているのだろう
わたしに言いたいことがあるのだろうか
相談になるかもしれないから 会って話を聞いてみようか
よくみると 同じ言葉を繰り返しているようだ
となりの乗客は何も感じていないのだから
たぶん 声を出さずに口ぱくをしているのだろうか
しかし 奇怪な偶然だ
そうだ こういう機会は極めて稀なことなのだから
会って きちんと問題を解決させるべきだ
そんな思いが強くなる
たしかに 会うことで誤解が解けて 逆に親しくなれるかもしれない
ぐるぐるーと車両のエンジンが回り始めた
消えていた蛍光灯が点いた 車掌の運転復旧のアナウンスがながれる
電車が少しずつ動き出す
やがて 女性ともっとも近い距離にくると 眼の前で止まっているように
女性の眼は わたしの眼を矢のように鋭く射抜くと 下りの車両とともに
後方に見えなくなる
車窓のそとは 暗記するほど見慣れた景色がつづき わたしは 朝の陽ざしを
眩しそうにして 全身に浴びると
女性の事しか考えない時間 女性と二人だけの世界という
いままでの車両故障の出来事が 夢物語であったように
これから行く 職場の仕事の段取りを考えている
電車が次の駅に止まると
わたしを 押し倒すように いっせいに多数の乗客が降りると
車両のなかは がらがらになり
そのあとに 子供をブランケットで巻き だっこ紐で抱えた
若い女性が
ひとりだけ乗り込み 相変わらず
乗車口の脇で 凭れているわたしの 前方の
シルバーシートに座った
徐に その女性は手に持っていた雑誌を開いて 読み始めると
表紙の 女の顔がこちらを見ている
純粋点
1
今度 眠って それから 眼を覚ましたら
お空で一番ひかる お星さまになるの
パパとママは となりにひかる
ふたつのお星さまよ
ママの横にひかるのが お姉ちゃん
かなちゃんは 一番ひかる お星さまと
眼を大きく開けて にらめっこしています
手を振り ありったけの笑顔をおくります
あるときは
頬を風船のように膨らませて
べつのときには
右目を指で押さえ ちいさな舌をだして
アカンベーをしたり
空の未来と にらめっこしています
2
(バラード)
あの西の空を埋めつくす枯野に
鶴の声がきこえる 砂漠を描くあなたは
役目を終えた旅人のように 晴れ晴れとして穏やかです
しずまりいくあなたのその瞳をたたえる 夜のみずうみは
いま 爽やかな風のなかを舞い降りていくのです
まばたく あなたは 星座たちの青い純粋点
その起点をこえて さらさらとあふれる血液の はるか彼方へ
手をつないでこえていく 少年の裸足たち
笑顔がこぼれている 少女の裸足たち
青いいのちが あざやかに無垢の花を咲かせます
やがて めざめる歌が 子供たちから生まれて
星座をひとつひとつ 草花の涙のなかに染めつくすとき
もえる闇の凍りつくよどみのなかで
羽をもがれている無辜の翼に
あなたが 鎮魂の天の川をかければ
墜落した凛々しい窓が 厳かに浮びあがっていくのです
夜の鼓動に あなたの身篭った赤い鳥が
充たされた透明な空の時間のまんなかに生まれて
三日月の欠けた 雪の湿地をなめらかに瞬いていきます
孤独でおおわれた岩の海原
夜空がことばをつくりはじめる境界線
もえだす赤い鳥
その 波打つ羽根で散りばめた ひかり そして ひかり
あしたにむかって
いっせいに泳ぎだす銀河のひかりたち
子供たちがいっせいに歓声をあげる
美しくかたどるあしたを
子供たちは
雄々しくながめていきます
3
パパ ママ
お姉ちゃんが 輝いている
プラネタリュームのようなお空で
パパとママとお姉ちゃんに抱かれながら
かなちゃんは
正しく刻まない 心臓のちいさな鼓動を
精一杯おおきくして
いつまでも いつまでも たのしそうに
一番ひかる お星さまを みていました
最新情報
選出作品
作品 - 20150219_309_7926p
- [優] 見つめることについての二つの詩 - 前田ふむふむ (2015-02)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
見つめることについての二つの詩
前田ふむふむ