#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20141124_819_7761p

  • [佳]  愛人 - リンネ  (2014-11)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


愛人

  リンネ

 上等の小麦粉のような肌が。あらゆる美しいものがそこに詰まって、出口を見失っている。死ぬことと生きることが完全にそこで分かたれて開かれている。決して食べることはできないのに。食べたいのに、食べられないものを、食べようとする間際に、肉の門番が、からだが立ちはだかる。あの音色の、あの乳房の、皮膚という皮膚すべてが、それらの攻防を極限まで追いやる。くびを、そのことばの響きさえも、締め付けられてしまう。それは決して食べることができないのに。食べたい、という底抜けの欲求がある。あらゆる対象に向けて。迷路のように。すべて、じぶんに欠如したものを、食べたい、と欲望すること。それは、食べられたい、というありえない欲求を、幻想の胃壁のうらに、うらとおもての狭間に。織り込もうとするかのように。それはおもてではない、それでも、うらのうらでしかないような面に。指折り、写し取っていくそれを。影をすくうように。影によってすくわれるように。やっぱり何も食べられないのだけど。食べたい。わたしは食べたい。わたしは呪文を、空しく残飯の積まれた廃屋の、くちびるを指でなぞって、数えていく。ぜんどうする見えないものこそを。このからだに情愛として記すことで、食べたい。呪文、宣誓、奇声、見えないもの、うらがえしになったその輪郭をなぞって、溶けていくある過剰さ、欠如しているがゆえの過剰さを。ビフテキに、折りたたまれた太陽の、欲情を、わたしは信じない。食べることを可能にするものに、わたしは異議をさしむける。信じないからこそ、書き込まれたわたしの過剰さは、ビフテキにも、そのことばの痕跡にも、顔にも、香りにもなにものにも先立っている。あまりにも繰り延べられているゆえに。すべてに遅れをとっているがゆえに。あれをしても、どこにも届かない。繰り返すほどに、離れていく。食べたい、ということばは、どこを見まわしても、その輪郭が見え過ぎている。しかしそれは、ほんとうの過剰さとはほど遠いしかたで。しかしいずれはさほど遠くもないどこかで、わたしはおそらく、結合したい。わたしとそれを。しかしそれを口にする間際に、わたしの口が、わたしを超え出てしまっている。その口はわたしのものではない。おそらくは、舌も、食道も、胃も、消えていくことばの尾ひれも。わたしのすべては、からだに遅れをとっている。決定的なほどの遅れを。先立つはずの、からだもまた、わたしに遅れている。食べたい、という感情はどこにも居場所をもてない。たましいにも、精神にも、あらゆる器官においても。それでも、食べたい、と口ごもって、存在している。それほど、わたしは愛している。だから居場所をもてない。愛にも結実しない。食べたい。食べたい。と。わたしは繰り返し、わたしは食べる。人間を。そのことばを。ことばでしかないような、人間でしかないような、それを。延長していく扉の前で。半開きの空間から、差し込むまばゆい光の前で。ひかり、とは似つかない、ある輝くものをのぞき見るために。卵のような目の、その口をひらくことで。すべてをみごもりたいがゆえに。わたしは食べたい。食べたい、と言うのだ。そのことばの苦しさに、触発されて震えることがある。なにもかもわからず、ただ並べられたことばに感情が引き寄せられ。夢を見るような、ある認識できない過剰さに。わたしはその過剰に、その欠如におぼれてしまう。本を折りたたむようにして、口を閉じる。緊張した胃に、ひとつの物語がまた孕まれたのを知って。流れる糞便のような、その物語を知って。それを吐き出すために、それに先だって、口を閉じようと。先立つものに、遅れるものに、その双方に抗いながら。

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.