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作品 - 20140911_984_7654p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


昆虫採集

  葛西佑也

ある夜のことそれは邂逅と言ってよいかもしれない
きっと君はそんな難しい日本語はワカンナイと言うだろうけれど

ぼくは君にはじめての快楽というものを与えた
ぼく自身の手でもって
ぼく自身の口でもって
ぼく自身のこころでもって
それから縫い針でもって君の瞳を突き刺してやることを
欲し 想像し 望み
けれども決してこれを実行に移すことなどなかった
このことをもってして
人はぼくを変態とよぶだろうか
夢に夢中であった 幻想に夢中であった
行動にならないし 言葉にもならない それらを指して
なんと呼ぶことができようか
それらに名前を付けることなど不可能だ
説明はできないけれども
それらは存在している ただ 存在だけがある


カラオケのフリータイムで朝まで歌うことにした
もっとも君はただぼくの横で朝まで寝ていただけだ
君の纏う布の向こう側の毛穴の奥にまで声を届けても
ぐっすりと眠ったままで たまに拍手にならないほどの拍手をする
手と手とゆっくりと合わせるその仕草に対して
ぼくは唾液を何度も飲み込む
無性に喉が渇いてウーロン茶を何杯も飲んでいた
それから隣の部屋からはユーミンだとか尾崎豊だとか
AKBだとかいろいろな歌が聞こえてくるが
今のぼくにとってあらゆる歌詞は単なる記号以下の価値しか持たず
喉を潤し平静を保つことに精いっぱいであった
となりでは「はるよ、こい」という声が響いていた

さて、とある日のこと
ぼくはメモ帳の端きれに連絡先を書きしるして
あの人に渡したのだけれども
いっこうに連絡は来なくて
あれからどのくらいの月日が流れたのかさえも分からない
たまに思い出したふりをしてスマートフォンをいじってみせたりする
画面の上を指がうまく滑ることなど
今までに一度もなかった

閑話休題。

スマートフォンという言葉を使ってしまうことで
このぼくの言葉たちがたとえば数十年後には
古臭いものになってしまうかもしれない
それはそれで構わないと思うのだと
思い出にせよなんにせよ古臭くなって
色褪せていくものだから
そうやって色褪せたり古臭くなってしまうことを
気にかけている時点で
とてもおこがましいのだけれども。


(慇懃無礼って知ってる?
そんな難しい四字熟語、始めて拝見いたしましたですます。
なんとお読みいたしますのでしょうか?)




君には親指の爪を噛む癖があった
だからいつも深爪のような状態である
親指の敏感な部分がいつも湿っている
そこにぼく自身の唇を触れさせるのが
ぼく自身にとっての喜びであった時期もあった
それからどれくらいの月日が流れたのかは忘れてしまったけれども
一緒に見に行くことになっていた映画は
とっくに公開を終えてしまっていることは確かだ
ぼくの手元にはそれとは別の映画のパンフレットが置いてある
「グレート・ビューティー」とある
そういえば君の好きな映画は「甘い生活」ではなかったか


ねぇ、好きな映画は?
「甘い生活」
なぜ?
モノクロだから



説明はできないけれども分かっているということはある
と誰かが言った
君は
説明できなくても分かるってことがあるんだとすれば
分かるってことの意味なんてないも同然だ
と言った
それから分かることと分からない
説明できることと説明できないこと
それらは全部違うんだ
とも君は言った


机が微妙に揺れた
厳密にはスマートフォンのバイブとやらが
机に伝わったようだった
ぼくは硬直した
どうしても画面の上に指を
上手く滑らせることができなくなった
こうしてまた色褪せていく古臭くなっていく
何も覚めない

文学極道

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