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作品 - 20140909_955_7648p

  • [優]   - zero  (2014-09)

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  zero

あるいは、私は人里から山を一つ越えたところにある渓流の脇を何も考えずに歩いていた。落葉樹が思い思いに枝を伸ばし、太陽は私の上に斑点を作っていた。渓流が川底の段差に応じて流れ落ちる音のほかには、静寂が辺りを包んでいた。静寂ではなく沈黙だったのかもしれない。川の水は硬そうな表面を見せながら小さな波を立ててどんどん流れていき、川の容積はその小さな部分でも人を何人も収容できた。歩きながら不意に私は渓流の沈黙が言わんとしていることに気付いた。この渓流は私の傷である、と。人との交わりから離れたところにひっそりとしかし大きな容積で存在し続け、どこまでも流れることをやめず、私が完全に乾いてしまうことを防いでいる。この渓流は私の傷である、と。

あるいは、私は実家の庭を疲弊した体でうろついていた。古くからの農家なので、竹林や沢山の庭木があり、またぽつぽつと咲いている花もあり、私の疲労を少しずつ置き捨てていくのにちょうどよかった。そんなとき、地面の色と似ていたため初めはそれとわからなかったが、一匹の蛇が目の前の地面にじっとしていた。私は尻尾の方を軽く踏んでみたが、特に動く様子はなかった。だが、私との睨めっこに飽きたのか、するすると木陰に入っていってしまった。そのとき不意に私は思ったのだ。この蛇は私の傷である、と。どこまでも私と同化しようとしながらも、結局は異物として消化を拒み、より深いところへどんどんもぐりこんでいき正体がつかめない。この蛇は私の傷である、と。

あるいは、私は田園地帯の小屋の外に座り満月を眺めていた。月は低めの空に懸り、その光によって逆に天空の闇を広く生み出している根拠のように見えた。月は平板な顔をしながら実は優れた創造力を持ち合わせていて、この天空の闇は見えないながらも限りなく多彩な構造で満ちているかのように思えた。そして、今この私の感慨もまた、月が創りだしているのかもしれない。その月の創りだしたひらめきにより、私は気づいた。この月は私の傷である、と。光を放つことで明確に存在を主張し、周囲に広く闇を創りだしていく。もちろんこの闇は反転して光となりうる豊かな構造によって成立している。あらゆる創造の根拠となる限りない痛み。この月は私の傷である、と。

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