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作品 - 20140904_905_7640p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


箱についての三つの詩

  前田ふむふむ

箱のなか
     
     1

ここは
硬いケヤキで 柱などの構造が 組み立てられていて
天井と横壁と床は 部厚い漆喰で覆われている
そして床の上には
柔らかい布団が一面ひかれている
丁度
二立方メートル位の
立方体の入れ物のようなのだ

入口も出口もない
この入れ物は
正面にわずかに隙間がある
そのせいなのか
正面の壁の方から
決まった時間に
錐のような船の汽笛が鳴る
わたしは 毎日
目覚まし時計のように聞いて
眼を覚ます
でも 何もすることがなく
ぼんやりしていると
ときどき
右の壁からや 左の壁からは
海猫の声ととともに
鋭い岬に 寄せてはかえす
波の砕ける音が聞こえてくる

この物体を外観的に想像するに
四角い箱のようなのだ

    2

わたしは  
体育座りをして
この四角い箱にはいっていると 
ひとの囁く声が 聞える気がした 
幼い頃に聞いた
懐かしい声なので 思わず
父サン 母サンと言ってみた 
わたしのとなりが わずかに空間ができていて 
穏やかなぬくもりを感じながら 毎日をすごした 
箱は狭かったが 夜のセラピックな匂いが
いつも充満していた 

ときおり ひかりが箱の透き間から 刺してくる 
そのひかりがとても羨ましくて 
外の物音がなくなるころを見計らい 
ひかりの方に訪ねて行ったりしたが 
いつも その場所には 
青い半袖のワイシャツが 掛かっている 
そして 小学生でも
解ける
やさしい計算式が書いてあった 
わたしはふくみ笑いをすると 
青い半袖のワイシャツは 不満そうに燃えだして 
使い古しのカッターで 手首を切った 
朝が噴きだしてきて 
全く同じ計算式を
青い空のカンバスに書いた
     

    
   
気が付くと 子供がわたしの横に座っている
しばらく
二人で計算式を眺めてみた
やがて 子供は 悲しそうにして
この部屋は暗いね といって 少し怯えている
だから 優しく子供を抱いて 寝かしつけた
子供の心臓の鼓動が わたしの心臓と共鳴している
もう 数えられないくらい長い間
柔らかい脈を聞きながら 
わたしは 子供と溶け合っていった

子供のいたところは いつの間にか 冷たい壁になった


     3

ある時のことだ
箱の透き間から きらきらとするひかりが入ってくる
楽しそうな笑い声 静寂 罵声
そっと覗くと
テレビで 
バラエティー番組をやっている
とても驚いたが
わたしと全くおなじ
わたしが楽しく 幸せそうに
家族と
食事をしながら
団欒を囲んでいるのだ

柱時計が午後九時を打っている
それを打ち消すように
くりかえし くりかえし
鋭い波の砕ける音が聞こえてくる

訳もなくかなしい
強い衝動が沸きあがり
そういえば
わたしは まだ ここから出たことがない

震える手が
「出てみたい 
「生まれて始めてなんだ 箱を開けようと思うのは」

そとは
雨が降りだしている音がする
突然 船の汽笛が 叫び声のように
正面の壁から響いてくる
出口はどこなのだろう

青い空はまだあるのか
計算式はどうなったのだろう
わたしは 忘れていた少年のような計算式が心配になり
ひかりの方向にむかった


水槽

いつも虐められていたので 
水槽の魚になりたいと思った
水槽の魚は 自由に泳ぎ 気持良さそうだった
そして いつも楽しそうだった
ある夜のことだ
最先端の思想の本を読んでいると 
身体が勝手に動き出して 鰭が生えてきた
気が付くと 手がなくなり 足もなくなっていた
そして 全身が 鱗で覆われていた
夢のような出来事に とても驚いたが 
僕が いつも願っていたことだった
とうとう 魚になれた
そう思うと 身体を縛っていた壁のようなものが 
壊れて
水に凭れかかるように楽になり
しばらくの間 何もかもが幸せに感じた

でも 泳ぐことは出来ても 歩くことは出来なかった
手を使って 物を持つことも出来なかった
だから 冷蔵庫から 食事を取ることも出来なかった

しかし 僕は魚になれたために 
一躍有名になれたので
食べ物は 好奇心いっぱいのファンが 
持ってきてくれた
だから 十分に生きていけたのだけれど
透明な箱には 僕しか居なかった
僕は 自由を獲得したのに とても寂しくなった

水槽のそとから 
毎日のように
僕の知っている顔
知らない顏たちが見ている
最初は優越感に近い感情が湧いてきて 
嬉しかったが 
次第に 冷静になると
まるで 監視されているようで この水槽から出たくなった
でも この箱からでると 自由は失われて
死んでしまうと みんなが言っているようにみえる
不満そうにみえたのか
みんなは 僕を励ますために
歌をうたってくれたが
そのうち 飽きてきたのか 段々とみんなは
ひとり去り 
またひとり去り
ついに誰もいなくなった

言い知れぬ寂しさが 僕を襲い始めた
だから あらたな自由を求めて
体当たりをして 水槽を破ろうとした
何度も何度も

でも 水槽は破れなかった
僕は悶々とした日々を過ごしたが こんな日々がつづくのならば
魚であることをやめようと思った
そして 僕には もともと
足があり 手もあることを思い出した
水槽はなくなり 僕は 水槽からもひとりになった
部屋はうす暗く 単調な日々がつづいた

僕の部屋には ひとつの水槽がある
僕は魚を見ながら 
やはり魚は自由であると思いつづけている
僕の脈が止まるまで 僕には水槽があるのだ
どこにいっても
いつも
なみなみとみずを充たした
水槽がある


箱ひと
     
      1

わたしは 箱である
段ボール箱を被っているわけではない
ある日 雑踏を歩いていると
突然 全身が痙攣して
失神したのが始まりである
それ以来
自分を箱だと思わないと
身体に異変が起きるのだ
発病してからずいぶんとなるが
この十二月の空のもと
わたしは 自分をのっぺりした箱だと信じて
生きている
病状がすすんだためか
他人から 箱ではないと否定されると
全身に痙攣をおこして 気絶するのだ
そのためか
他人とは関わらずに
ほとんど置かれた箱のように
生きている

だから街中で 
四角い箱の形をして 
ひっそりと ひとに知られずに いることが多い 
今日は 一段と寒いような気がするが
ときには一日中 風雨に打たれて
路地端で じっと耐えていることもあった
そして 誰もが
わたしを見て 気づかないでいる
箱だから 息も体臭も気配も 
多分ないのだろう

でも
箱でいると 人格が限りなく 否定され 
その みすぼらしい外観とは 反比例して
世界の外にいるようで
全能の神のように 
他者を見ることが出来ることに気付いた
それは わたしに言い知れぬ快感を与えている

      2

そうだ
新しい時代の文明論的な何者かが芽吹く
境界に出会ったことを話そう

都会の
夜もくれたある日のことである
けばけばしいネオンが一面に点灯している
むせかえる欲望を
吐きつづける 
この賑わう眠らない街で
路行く男と女たちは 
汗ばんだ肌を 際立たせている

客引きが忙しなく動いている
抑揚のない時間の針は
華美で着飾った
剥きだしの歓楽の風景を たんたんと 刻みつづけている
熱気を帯びた男女の
熟し切った声は 夜の窪みに 
唾液のような
みずたまりをつくっている 

この街の薄汚れた裏角に
今まで誰も見たことがない
おそらく だれも育てたことがないだろう
奇形の胎児が捨ててある
その胎児を跨ぎながら ふたりの男女が罵り合っている
左手にスマートホンをもった
茶髪の十代の女が
   「あたしがひきとり たいせつに育てる」
右手に法律書をもった老練な男が
   「いや わたくしが人知れずに葬ろう」

罵り合いは ふたりが疲れきるまで終わらなかった

見知らぬ場末の路地の溜まり場は
煌々と冷たい月が揺らめいていた

     3

わたしは 箱だから 
よそ者のように
世界の外にいるのだから
利害に関係なく
どちらかに判定を下すことができる
そして 自我を擽る満足感を得られるだろう
事実 みずからが文化を作っているかのように
判定を下して
悦に入った
でも どちらかに決めたとしても 
あの当事者のふたりにはいうことができない
わたしがしゃべれば 
箱でないことがわかり
全身に痙攣を起こして
死んでしまうかもしれない

わたしは こうして長い間 箱でいる
寂しいことはない
どうしても言いたいときは
鏡に向かって
自分自身に話すように 
ほんとうの箱にむかって話すのだ
信じられないだろうが
そうすると
わたしと同じ箱でいるひとは
わたしにひそかに話しかけてくる 
そして
箱としての秘密を共有するのだが
そのとき 世の中には
わたしと同じ箱ばかりであるように思えてくる
街のなかには 
意外と思うかもしれないが
同じ病状の
たくさんの箱がいるものだ

文学極道

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