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作品 - 20140901_889_7637p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


水のない街

  葛西佑也

私達には何も残されていないのだと彼女は言った
水のない街で湿気ってしまったビスケットを頬張りながら
手持無沙汰をやり過ごす君にはすべての理解は容易ではなかったはずだ
消費しつくされてしまった時間を取り戻すのは難しく
忘却されてしまった道徳のかけらも手のひらにはなく
何も持たぬまま それでも たたかっていかねばならなかった
二割がまっとうな仕事で
八割は法には触れないまでも 
とても誇れるようなもんではないと
君がため息交じりにつぶやいたのは 
たしか去年の秋ではなかったか

残されたキャンディーの袋のねじれをほどけば
そこからまた新たな人間関係が始まった
直感的に知っているのだ
その中身の個体が持つ甘さを
餓えとは甘さへの餓えであった
見えない敵に怯えながら自分自身という甘さに怯えながら
避けることのできない不条理とたたかっていかなければならない
それを人生とか生きるということだと一言で済ませるのならば
済ませることができるのならば
私には言葉はいらない 言葉などすでに必要はなかった


彼女はよく喋る人であったし
私はそんなところに惹かれてもいた
くだらないことで悪事を働くのはハイリスクハイリターンで
やるならば本当にやばいことをしろと
君は言った
その日はなかなか夕日が沈まず
足の指先という指先のすべてから
謎の液体がしたたっていた
それを一本ずつ丁寧に君が拭き取ってくれて
それで君の汗が私のその液体と化学反応をおこした
雄弁で饒舌であっても飯は食えぬ

三歩進んで二歩下がるならばまだましで
私たちは何も進歩してはいなかった
体中の水分という水分は失われてしまった すべて
私たちには何も残されていない
すべてが詩的になったり塵のようになったりもするし
明日になれば何があるのかなんて誰にもわからなかった
答えとかそういうものは用意されていないのだ
あるいはすべて消費し尽されてしまったのかもしれない

途方に暮れながらも
また歩き出す
あてもなく


きっとこの先に水のない街がある

文学極道

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