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作品 - 20140806_576_7591p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


寂しい織物―六つの破片

  前田ふむふむ



  1.永遠の序章

(総論)
一人の少女が白い股から 鮮血を流していく
夕暮れに
今日も一つの真珠を 老女は丁寧にはずしていく
それは来るべき季節への練習として
周到に用意されているのだ
人間の決められた運命として

  
(各論)
眠ろうとしない 世界中の艶かしい都会の 暗い窓のなかで 
いっせいに女の股が開かれて 混沌とした秩序を宥める清楚な
夜が 血走った角膜の内部から 声を上げる頃 一人の老婆が
朦朧とした手つきで 毛糸を編んでいる 長すぎた過去を焼却
場の前の広場に 山積みにして 決して燃やさない 苛烈な思
い出は 豪雨に打たれて 弛んだ皮膚をさらしても 老婆の編
む毛糸のなかに溶けて 固められていく しずかに重々しく時
を刻む夜が 小声で永遠を 跨いでいく

思惟の灯台たち
    老婆の手を 閃光で照らせよ


2.しずかな夏         

冷たい太陽の雨が
降っている
その一滴のしぐさに
夜が浮かび
夜のなかに
低い声をあげて
キジバトが
一羽 止まり木をさがして 
低空を旋回している

海が見たくなり
ゆるやかな
坂道を下っていくと
地盤沈下した
海辺では
行き場のない貝が
砂から顔を出している

ちょうど氷のように
頑なに閉じている
凍えきった
ざわめきが
しずかな波の音に
洗われている

その
仄暗い肉体の声を
聞くために
わたしは
痩せた指を伸ばして
小さく歪んだ貝を
手にとり
空に高く
翳して
巨大な入道雲の上に
たてかけてみると

空は無慈悲なほど青く
生ぬるい風が
身体中を過るだけだ

入道雲の下には
スーパーがあった
セイタカアワダチソウの茂っている
丘がみえて
壊れかけた風見鶏が勢いよく回っている 
その影は
じりじりとした暑さのなかで
ひかりと混ざり
少し揺らいでいる

誰かが「おーい」と呼んでいるような
気がして
ふりかえると
誰も見えない
多分 旅立ったひとの
声かもしれない

「今日はほんとに
「暑いなあ
「熱に入られないように
「気をつけなよ」
といわれているような気がした

その親しみのある声を
引きずりながら

ひたひたと
わたしの眼のなかを泳ぐ
海は とても穏やかで
曲がった夏の
先端のときに
ランドセルをした
少女が
いつまでも
岸辺にとどまっている


3・孤独な居間にて

コーヒーの香りが 居間の空気に広がり
その一部が直滑降となり
ジェットコースターの速さで
窓辺の朝陽に溶け込んでいく
その爽やかさに 
わたしのなかで
時間の鼓動が一瞬だけ輝く

木製の食器棚のうえの古い写真のなかの
無彩色のわたしが
無彩色のコートを着て 
無彩色の空に溶け込んでいく
写真を見ている時間だけ 
世界が止まっている

テーブルには
わたししか電話番号を知らない
携帯電話が置いてある
誰からも掛かって来ない携帯電話が置いてある
今日の真夜中に 一人の幽霊が
誰からも掛かって来ない携帯電話が鳴るのを
じっと待っていた
灰色のガウンを羽織った幽霊が
笑みを浮かべながら
じっと待っていた
居間には 剃刀のような沈黙が 静かに流れていた
やがて
小鳥が朝陽を持って来るまでは


4.四つの椅子


           
みずうみは 滑るように
風が微細な音を鳴らして 呼吸している
絶え間ないひかりをおごそかに招きいれて
夜のしじまを洗い流している
めざめる鳥の声の訪れとともにあらわれる
朝霧の眩さ
真っ赤に湖面を染めて
音もなく水鳥が 静かに足をすすめている
煙のような靄が
赤に馴染んで 湖面に流れてゆき 
湖面の岸をすこしずつ無くしている
それは 日常の風景を隠蔽して
赤だけの世界をつくりだす
太陽は 朦朧とした金色のひかりを放して
湖面のうえで 朝靄に隠れてまどろんでいる
木々は黒く墨を吐き出したように
物言わぬ液状のままで佇んでいる

湖畔には血の色に染まった
鉄の肘掛が付いている
四つの椅子が置いてある
沈黙した椅子が朝の皮膚から剥きだしになって
置いてある
赤い海の世界で骨が四つ並んで
寂しく呼吸している


5.夜 (一)

       萩原朔太郎へのオマージュ

死んだ猫が ベッドのうえで横たわっている
もう 起きることはない 
汚れ物のように
わたしは いつまでも 蒼白い猫をみている
やがて
夕暮れは ときを忘れて
夜を連れてくる

わたしは 猫になり 壁をみている
なんども 長く湿った呼気を吐いた
少しずつ
血液が流れる鼓動が
トクトクときこえてくる
冷えきった手で触ると
透きとおるような
痩せ細った胸は
あたたかい

寒い部屋のすみで
猫がベッドの上のわたしをみている
大皿で 血を舐めるように
白いミルクを舐めている

深夜 氷のような月がでている


   6.夜 (二)

夜空をけんめいに駆け昇った星たちは
自ら しずかさをその身体で露出して
座をつくり
名前を雄弁に語りかけている
その星々に隠れながら
名前をもつことが出来ない
無数の星々は
はじめて流す涙のような
無辜の潔さをつまびいている
幾千万の星の洪水
その眩さは 陳腐な地上の瓦礫を
すべて押し流してしまうだろう
わたしは原っぱに仰向けに寝て
朔太郎の詩を黙読しながら
この夜と抱擁する
ああ この心臓の温かさは
夜が確かに呼吸しているからだろう

文学極道

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