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作品 - 20140618_339_7492p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


赤い夏・白い夏の歌

  前田ふむふむ

      1


仄暗い廃駅の柱にある
壊れた振子時計が 正午を差していて 
低い時刻音を鳴らしつづけている
それが 終わりのない暗闇を切る 
なにかの予兆ではないかと 想像できた
眼窩のおくに
白々と 鶏も鳴かない 冷たい朝が
生まれるようとしている
窓のカーテンを開ける
孤独の置き場所を想起される 岬の灯台のように
湿った風を受けて
わたしは なぜか
茫々としたひかりに顔を埋めている

     2

しばらくすると
起伏する像の断片が 眼のなかに集約されて
やや広い 草の匂う平地があらわれる
その軟らかいみどりいろの中央には
二本の線路らしいものに 車体が頑なに固定されている
「新しきもの 普通なるもの 及び古きもののために」と
表示した一両の列車らしいものが
ひっそりと 佇んでいる
よく見ると 列車は
絶えず 歪に輪郭を変えて動いているように見える

     3

車両は「新しきもの」を想像できる前方の部位から見ると
定員を著しく超えていて
(定員が果たして何人か知るものはいないようだが)
荷物棚の上にも人が乗り 豊満な車体をもてあましていて
飽食の時代のうわずみを
獏のように食べつづけているようだ
車両は前方より冷房 後方より暖房を絶やさなく流している
忙しく動く 白衣を着た医師もいる
十分な福祉が施された車両は 中央に置かれたスピーカーが
しきりに喋っている
「夢は 望めば叶います」
「快楽は 所得に応じて世界の果まで
試みることができます」
「なつかしい国家総動員法も買うことができます
それは
 むしろ 美食に 形を変えて 売り出されています
 ニュースを賑わしている介護保険法改正法案は
みずみずしい薫りをあげていて 今が もっとも旬です」
「さあ お早めに 昇り坂を 」
車両は益々 熱を帯びて 完熟した肌を赤らめた

      4

目線をずらして 「普通なるもの」らしき部位から 覗くと
車両は 誰も乗っていない
なかには イタリアの職人が作った
庶民では
なかなか買うことが出来ない 
高価でカラフルなバックや
スイスの職人が作った時計ばかりが 置かれている
唯 場末の三人掛けの座席に
父のよれよれになったカーキ色の復員服を着た
わたしが ひとり ユビキタスな携帯電話を見つめている

わたしは 亡霊のような自分をみていると
急に眠くなったので
気分をかえるために
身の丈にあったドア(多分あるように見えるドア)から入ると
わたしは 「古きもの」の部位あたりの席に座っていた

       5

車両は 遥かに懐かしい眺望をはべらせている
走馬灯の風景とともに 途切れない時間のように
みえないところまで
座席の列がつづいていた
時間を裂いて 過去を見つめながら
かつては
精悍だった陽炎のようなひかりを抱いて
おもわず くちびるから古めかしい感傷的な「歴史認識」が
ついて出てくる
「わたしは おぼろげな一筋のひかりをめざして 唯ひたすら ひ
とりで歩きつづけた いつ辿り着くだろうか 答えは誰も教えてく
れない 暗い闇のなかを過去の夢のような物語が 笑ったり 泣い
たり 時には怒りの形相をして通り過ぎた 最初に過去の誤りが
そのままでいっせいに 一度あらわれて 絶えず修正されて 過ぎ
ていった あまりにも たくさんの出来事が 次から次へと束ねら
れた一瞬を過ごしたので わたしの人生は間違いだらけであると思
えた そのあとに来る 過去の正しさは―――何処に
一度も巡り合わなく 暗い闇が唸りをあげてどよめいた
その瞬間 わたしは後ろを振り向くと ひとりで歩いていると思っ
たが 死んだ父がすぐ後ろにいた 父は手を合わせて ひたすら経
文を唱えている その眼は虚空をみている その後ろには 死んだ
祖父 祖母がいた その後ろには 累代の先祖が後につづいて歩い
ていた みんな経文を唱えて 虚空をみている その後ろには も
う分からない人たちがつづいている そしてみな経文を唱えて そ
れは巨大な大河をつくり 絶える事無く 大きな黒点になるまでつ
づいていた わたしは先頭を歩いていることに気がついた わたし
は自覚していなかったが 疲れてふらふらしているのに 後につづ
く人たちが支えているのだ いや どちらかというと担いでいるの
に近い
わたしは 読経が鳴り響くなかを 遠くに見える一筋のひかりをめ
ざして 先頭を歩いている」

世界は公転しているのか


       6

この車両のなかは いつも暑い
しきりに湧き出る汗に 首筋から溶けていく液状の夏が
わたしの薄紙のような肉体を浸している
古いスピーカーから流れるような
音楽が聴こえる
このときだけは 安らいでいるように感じる
 (自我が昏睡している夜に 沸点で抑えられている高揚
 (波状を映した野ざらしの砂に みずを突き刺すポリフォニー
 (焦燥と恍惚とを空に撒いて かすかな燐光に温まる
              仄白い着地

あんなに新しかった
ビートルズは
車両の半分を占めているシルバーシートを
独占しているが
若者が不満を言うと
ひとり またひとりと
立っていく
「ペニーレイン」が
意識の底辺を軽く蹴っているのか 
わたしの背中に隆起した山のむこうでは
四人が
わずかに跳躍を試みている

     7
        
父が 長く傍らで 育ってきた楡の木に
囲まれた家で わたしは、三つの顔をもつ 
新しい車両らしきものを作っている

季節の無節操なゆらぎのなかで
炭酸水を飲んでいると
 無数の泡のほころぶ夏のなかを通る 
軽快に侵食する夏の声
 ストローが わたしの顔から伸びて 真率に立っている
夏のなかの透明な夏
そのなかを
幽霊のように 次々と
カーキ色の服を着ている人々が通る

     8

車両のような
病棟の壁は 建物を蝕む蔦に覆われているからか
凛々しい八月の空が 眩しい
痛むのだろうか――

水路沿いにある病院を
服薬をもらって出た
六番目だった
先生は機械のように診察した
わたしは それにふさわしく
死人のように応えた
道路では 
駅からくる通行人がまぶしくて
つい下を向いてしまう
気にすることはない
この頭痛があるときは
こころは
死んでいるのだから
たぶん見えていないのだろう

いつもの
小さなガード下をくぐった
時間通りの快速電車が
奇声をあげて過ぎていった
鋭い金属音に
怖がって
子供が泣き出している
拘るまいと
振り向かなかった
わたしは自分が
こういう時に冷酷だと思う
でも言い訳を言えば
急がなければならないと思ったのだ
すこし歩幅をひろげて
ほそい路地をぬけると
鼓動が激しくなった
苦しくて呼吸を整えようと
この冷酷な顔で
空を見上げると
どこまでも広がる
雲一つない
青空がみえる

とても眩しい
その一面晴れわたる
混ざり気のない青空をみていると
わたしは
むしょうに嘔吐したくなることがある

砂漠の民を
不思議なほど
寂しいと感じることがある
あの完璧な空を
毎日みて生きているからか
あれほど過酷で残忍なほどの
青のなかにいる
彼らが
愚直にも
混じり気のない
一つの神を信じなければならない
歴史を
背負っているからだろうか

慌ただしく日陰に入ると
遠くに
車両のような
わたしの家がみえている


   9

いま
わたしが置いてきた来歴を 
満載に積んでいる 封印された車両が 接続される
そして 今日も
二つの車両は溶け合って一つになった
強い風で 揺れる 柳のような視線
見せようとしている車両
直視しない わたしの裂けた空
その空から
雨は わたしを濡らして 
今日も絶えることなく降っている

アオハズクが飛んでいるのか
羽の音がきこえる
止まっていた目覚まし時計が
十二時を告げている

茫々としたひかりは
とても心地よくて
随分と長い間 ここにこうして
わたしは 横たわっている 

文学極道

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