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作品 - 20140527_080_7470p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


正対する空白のための分割和音(重奏からなる)

  破片

煙草を一服する。
視座は連なり、順序の法則の中で燃え尽きるあなたの骸。
もう一度、煙草を一服する。
薄く伸びる煙を吐き出すたびに削り取られていくのは、いつだって。

昔はカリン塔より高い位置に空間は存在しないと思ってた。そこは地球上の場所として認識されるべき成層圏内でも、宇宙でさえなく、その間にぽっかりと生まれ落ちた無だと、思ってた。誰の目にも触れない場所だったから。

紙面に記述された神話の頁を破いて、男性は解き放った精液を拭う。一面の荒野だ。ウルルを砕いて敷き詰めたみたいな色彩の中で、粘性の高い水分が荒れ果てた大地に捌けて引き千切られていく。そんな時無数の言葉が降ってきたとしたってどうしようもないだろう。たとえばそれが恋人を慰めるための水っぽい口づけに変わるとしても。男性はね、一行の文章があれば射精できるんだよ。
雨が降ればいい。できれば誰かの熱を飛ばしてやれるくらいに冷たい雨が。幼い女の子がレイプされないように。乾き切ったものを全て両手に抱いてくれるように。

自分の頭に突き付けたショットガンをぶっ放したKurt Cobainも、泥酔した状態でガードマンと乱闘してぶっ殺されたJaco Pastoriusも、同じ人間だとはどうしても思えない。生まれ変われないまま、巻き戻しも叶わないまま、彼らは死に終わるまで死んでいる。他の誰も立つことのできない視座は空っぽのままいつまでも残っているだろう。埃をかぶって重苦しく凝り固まっていく人間の行き先には鈍色の曇り空が広がる。あなたはいつだってその光景を見てきた。数多のミュージシャンが歩いて行く、撮影された写真のようなうつくしい正確さを持った、その場面を見てきた。
あなたたちを愛してるのに、どうして宛先が見つからないのだろう。海と空とが仲睦まじく色合いを揃えて、ぼやけたものをそのままに遍く抱きしめる。打ち寄せる波の飛沫から立ち上る、乾く間際の血のにおいだけがあって、あなたたちはそっと投げ渡される愛に応えることもできない。

煙草が短くなる。
宵闇を透す街並みは大きな棺としてあなたの身体を受け止める。
吹きすさぶ太陽風で、
削り取られていくのは、有機物だけが持つ絶え間ない循環だった。
一切の音が聴き取れなくなる、
その奔流を音楽と呼ぶのなら。

やがて太陽は世界へと接近してきて、連続性の途切れない街並みにも夏という新たな銘が追いつくだろう。
アコースティックギターの柔らかなエコーが掻き消されてしまうほどの熱気と喧騒があなたの元にもやってくるから、そんな処で一人、楽器を携えていても仕方がないよ。いいから財布と携帯電話だけ持って女の子とセックスしに行けよ! 余計な物は持っていかなくていい。あなたの人生を支えてくれるクソ真面目な読み物も、気が狂ったみたいに金を注ぎ込んだ楽器も、何もいらない。あなたの渇望を満たしてくれるのは、夏である今はたぶんセックスだけだ。あなたも女性が好きな男性であれば、難しい読み物の代わりにただ甘やかしてくれる声があって、爪弾く楽器の代わりに誰かの乳首があって、それだけで良いと思うんだ。あなたを呼ぶ声が聞こえる。小型のスピーカーとマイクが搭載された携帯電話から。
全ての人体が腐り落ちる前に、人間は地上に根を生やすべきなのかもしれない。その時どんな色の枝葉が伸び、どんな色の花が咲くのかまだ誰も知らない。もしかしたらそれは思わず自ら目を背けたくなるようなおぞましく醜い生き物かもしれない。でもどうやって人間だったそれが、人間だった時の過程と技術を踏まえてセックスするのかは、ひどく気になる。夏だから煙草は控えるよ。なんだかニヒルやクールを気取るのは許されないような気がして。
高鳴る心臓が不整脈にひどい雑音を差し挟む。あらゆる方向に伸びあらゆる方向から集まる交差点をおんなじ顔した人々が退屈そうに行き交う。星が滴り落ちる月無しの盆の夜に怒号が飛び交う。自分のためだけに歌を歌って、あなたのためだと言って別の誰かをぶん殴って、違法な薬物を服用して季節を聴いて、血行の良くない痺れがちな足を引きずって近場の浜辺まで出かけていく。そんなに苦しいなら一回死んでみてもいいんだよ。

いつもあなたが昇る、
stairway to heaven
すれ違いのない道のり
立ち止まる前にはいつも
toとheavenの間の
無限にも等しい
発音の断絶が襲いかかる
あなたはあなたじゃなかった

・You know you’re right
 火葬された骨があんな色になるなんて誰か知ってたか。俺のじいさんが粉微塵にされて出てきた時、僅かに残された骨の塊は翠やら蒼やら不思議な色をしてたよ。清潔な火葬場に存在しない死臭を嗅ぎとって、周りの人たちは静かに啜り泣いていた。
 遺影にはいつまでも若々しいあなたを、棺には駆け抜けて疲れ果てたあなたを用いて、そしてみんなは必ずそのどちらかに縋りつく。吐き気がした。顔の部分だけ窓みたいに開くことのできる棺に、閉じられる前の棺の中に並べられた滅びかけの花束に、爬虫類の鱗みたいな顔に。その頬に、吐瀉物をぶちまけてしまいそうだった。
 あなたはどうして自分が、未だに誰からも殺されずに生きているのか不思議でしょうがないと零した。年端もいかない小さな女の子の身体に性愛を注ごうとするあなた。隆起のない穏やかな肉感の乳房に狂おしいほど惹かれていると言った。人体の中で最も肌理の細かい幼い女性器ほど魅力を感じるものはないと言った。色目や下心から縁遠そうな純真で真っ直ぐな人格こそ愛すべき人物像そのものだと言った。まあ、垂れ下がりそうな皮の中に腐肉を詰め込んだような老いた人間をレイプするのと同じくらい正常だよ。そう言って俺は殴った。
 噴水のある広い公園では幼い子供たちが休むことなく走り回っている。パタリロの中で男の子の靴には羽が生えているという一節を読んだことを思い出す。羽が生えているから、どんなに飛んでも跳ねても立ち止まってしまうことはないという。あの子たちを焼き払えばさぞかしきちんと骨が残るのだろう。遺影には一切の脚色がなく、命を欠落してなおその頬は柔らかいままだろう。
 あなたはどこに行くつもりなんだ。
 誰かが俺を殺してくれると信じてるんだ。

 また再び取り換えられた銘が声を媒介に伝わり染み渡っていく。
 気候は、いつしか土着するようになって、

・November rain
 パイプオルガンは祝福と神聖をノートするための道具であり、用いられる論理は人間へと降り注がなければいけない。組み上げられ築かれたものは余すところなく音へと還元され、与えられた熱が冷めてしまった人々の心に、もう一度火を灯すために鳴り響く。旋律と呼ぶにふさわしい見えない流れの中に放り出されている人と人とが、流れていってしまわないように手を取り合うと、november rain、死に終わったミュージシャンが涙を流すおばあさんのためにその席に着く。
 少しだけくたびれた青空が、おだやかに、真っ白な棺を運び、送る。収穫されたさつま芋の温められた氷砂糖のような甘さを、忘れることができないのに、わたしは赤土の荒野に立ち尽くして独りで射精している。
 記述される前の神話があるために、人は生きている。神話に書かれたように人は人を愛して、身体が濡れる雨には恵みを読み取り、樹齢数百年の大木をも瞬く間に断ち割る落雷には断罪と怒りを解釈する。
 あなたには、もう風化してしまった物語のたった一行さえも壊すことができない。でも、そんな人間だからこそ生涯の伴侶を見つけ、婚姻を結ぶことができるのでしょう。誰かと結ばれずに朽ち果てた人々は、新しき、旧き、西の、東の、どの物語にも登場しない。真空へと放り出され、星になることも出来ず、呼吸が止まり身体の中から爆ぜて跡形もなく飛び散るのでしょう。

逆さまの、
街路樹が枯れ落ち、
今までの世界を
執拗なまでに見つめていた
ひとつの視座が
転覆すると、
あなたは音もなく死んでいく
残された唇には
火の点いた煙草をあげるよ
いずれ燃え尽きたら
その骸に火が移るように

暑くなり、寒くなる、を繰り返し、血の滲むようなざらついた声で誰かのために祈ることがあるなら、何度だって限りない熱を求めてほしい。

あなたは、あなた、
ではなくなって、
あなたは別のあなたになり
あなたは空っぽのまま
取り残されるから
そこにはまた、
あなたが生まれる
連なりが崩される
あなたではないあなたと
あなたであるあなたが、
焼かれて骨になった
わたしの、場所に、
空は巡り、星が落っこちて
落っこちた処では
穿たれた巨大な虚空に大反響した、音楽が、迸る。

文学極道

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