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作品 - 20140426_591_7413p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


静かな氾濫をこえて―四つの断章

  前田ふむふむ



     1

逆光の眼に飛んでくる鳥を
白い壁のなかに閉じ込めて
朝食は きょうも新しい家族を創造した

晴れた日は 穏やかな口元をしているので
なみなみと注がれた貯水池を
空一杯に広げている

流れる眼差しを追いかけて
わたしは カレンダーに横たわる遊歩道を歩く
見慣れた紫陽花のうえで
ひとりの女性の生い立ちを絞殺しながら
やさしい言葉は 空を飛ぶこともあるのだと
独り言を飲みこんで
その香りあがる手土産を 母に自慢げに話した
少しやつれた母は わたしのために 一人の青年を
碧い海に旅出させた 美しい船の話をしたが
このひかりを聴いたのは 何度目だろう
母は子供のように笑っている

眩しい食卓 五つの白い曲線の声
              溢れて

遠い記憶の片隅から 搾り出した破片
その草々のなかで 溺れている影を
抱きしめると
空白の砂丘を埋めて 驟雨に霞む橋梁が動く


見上げれば 鳥は見えない

灌木の春が裂けて
汗ばんだ夕暮れ
誰もいない部屋の静物が 起き上がると
退屈だったひかりは 度々 そつなく計算をして
わたしの置き場を支えるのだ

      2

雨に濡れた寒々とした少女が
絵本のような眼で わたしを見ている
傘では 精神病棟の原色の色紙を
切り分けることができないのだろうか
後姿が わたしの神話のなかに溶けてゆく

仄暗い夢のなかの
古いピアノの置かれた部屋で
透きとおる唇が 翔ることがある
水底の澄んだ落ち着きを
少女は あの音階の上にだけはみせる
人形のように 瞬きもしない わたしの眼のなかで
少女が 手紙を書いている
夥しい追伸の記憶
そんなとき 遠い日の彼岸花が いま
燃えるように咲いている

      3

思い出したことがある
眼が眩むデザインのイルカが 空を飛んでいる
それに 目線を合せず 眺めることが
臆病者と陰口をたたかれる時代があった
熱狂は コンピューターゲームのように
多様な遊び方の説明書が付いている
「ゲームにより 操作方法が異なります」
象が墓場を目指す歩みをなぞって
あるいは 胸のなかで気取ったポーズをして
わたしは 孤独な書架にもぐり
うすい色の心臓の鼓動を聞いていたが
深い海を泳いでいる魚のように
顔は 黒い円を掬ぼうとしていたと思う

そこで 手に付いた取れない血を 洗っている君も
そうだっただろう
あの夕立の頃は
血を探すのに 懸命だった
わたしも 君も 街角にこまめに足跡を付けている
犬も 猫も からすも

      4

月が 聡明なひかりを向けているときは
到着駅の ひとつ手前の駅で
死者の笑い声を聞いて
ともに笑いながら オフ会をしよう
死者の家の間取りには 砂の数ほどの席がある
あの なつかしい歌声も
歪なざわめきも
   みんな わたしの空だ

文学極道

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