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作品 - 20140415_484_7397p

  • [優]   - zero  (2014-04)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  zero

伸ばした手、求める手が落ちていく
信濃川の流れを
国道4号線を
池に沈んだ石は頭痛で回転していて
パラシュートは風の汚れを無視する
落ちるのはほんのわずか
朝焼けがいつの間にか白色に変わるように
同輩たちの贈り物は落ちていく
落ちる先にあるものと落ちる先にないものは減算されている



夢の中で僕はあなたに恋をしていました
あなたの面影は逆光で良く見えず
ただ部屋の中の椅子に座りひっそり佇んでいるあなたを
僕は甘やかな気持で眺めていたのです
部屋は開かれて幾つもの光が交差し
夢から覚めると
途端にあなたの性別が分からなくなりました
僕は性のない人に恋をしたのです



冬が好きだった
空気の冷たさは人々の冷ややかさ
葉のない木々は孤独の渇き
底の見えない夜は絶望の深さ
冬はそうあることで冷やかさ孤独絶望全てを許してくれると思った
こんなにも嫌われがちな気取った感慨を許してくれると
冬は何よりも優しかった
だが僕は今そんな冬を温める仕事をしている



ドアを開けると
その先にはまたドアがあって
その鍵を開けるのに一苦労し
そのドアをやっと開けてもその先にはまたドアがあることは
余りにもわかり切っていることだから
開けたドアをいったん閉めて
しばらく元の部屋にとどまってみる
時計の音を聴き
布団に身を投げ
軽く本でも読んでみる



人間ではなかった
人間に近くもなかったし
人間に似てもいなかった
だが人間のように呼吸し
人間のように恋をし
人間のように死んでいった
そいつを何と名づけるかは各人の自由だし
そいつも今となっては気体と液体のはざまにいるだけだが
試みにそいつを
「私」と名づけよう



何かをドロドロに溶かしていく
その何かは僕の体であったか
あなたの幸せであったか
彼の失敗であったか
今となっては判らない
輪郭は余りにも鬱陶しいから
言葉は余りにもやかましいから
形や言葉を逐一ドロドロに変換していき
そのドロドロをおいしく吸いながら
今日も僕は生き長らえるのだ



早朝、薄明が家や木に移ろいを与える頃
ガラスのような空から太陽が歌い出した
建築に重さと堅さを与え
木から秘密と悔恨を奪う
その歌声は水晶のような挨拶
僕はその挨拶に応えるために後ろを向いた
無防備な背中の広がりに歌を泳がせて
大きく息を吸って太陽に小さくごめんなさいと



捨てられ続ける現在を
拾い集めたら過去になっていた
この過去は未来にしたい
この過去は未来にしたくない
いつも現在はとげだらけで触りづらいから
過去になってからおもむろに未来へ差し出す
もう一度やって来い
偶然が夢の卵を割り
現在へ幸福を突き刺すように
もう一度あの密かな幸福を



存在するということは
いつも決まって挨拶だから
時間が渦を巻くところに
僕も決まって挨拶を返す
今日も歴史が生まれましたなあ
いえいえ単なる磁場ですよ
そうして僕は踵を返し
存在しないということは
いつも決まって慈しみだから
少しずつ存在しない身体へと化けていき
低い恍惚のさ中へ



政治はタケノコのようにぐんぐん伸びては掘り起こされ
経済はキノコのようにひっそりと蔓延っては摘み取られ
法律はシダの様に日陰でこそこそ葉を広げては切り落とされ
社会という植物が一掃されたところに個人という鉱物が鏤められました
いくら頑張っても政治・経済・法律が作れない
鉱物だから



一つのアイラブユーから次のアイラブユーへと
簡単に交換できない
同じアイラブユーでも互いに相容れないアイラブユー同士
いつまで経っても水と油が胃の中で消化できず漂っている
忘れるという美しい嘘を何度も繰り返し
新しいという悲しい嘘を何度も繰り返し
アイラブユーは異形のものになる



疲れるということは
何かを思い出すということだ
一日中歩き通してふと体の奥に眠っていた郷愁を思い出す
一日中働き通してふとご飯のおいしさを思い出す
一日中待ち通してふと青春の闇を思い出す
そうして僕は今日も
一日中生き通してふと
未来に投げ出されたまま取り戻せない物たちを思い出す



土から生まれ
土の共同体に生き
土に収斂していった
両親の土壌から生まれ
土を耕し植物を育て
植物を食べたり売ったりして生活した
火もまた土から立ち昇り
水もまた土へと還っていった
土へと収斂しないもの
例えば都市は
僕を沢山の鏡に映した
例えば空は
僕に知らない歌を教えてくれた



僕は宇宙の中心で
宇宙を満たす多彩な感情を逐一丁寧に断っていた
孤独は柔らかく僕は僕の胎内で眠っていた
中心性に飽きて辺境や複数の場所に同時存在したくて
多彩な感情に応答し自ら感情を振りまいた
そうして沢山傷つけ合ったがその傷は美しい模様で
模様を更新するため感情の中を生き続ける



柿の木に若芽が芽吹いて緑の霞のようだ
春の鳥の声に包まれながら
やがて葉は緑の濃さを増し大きさを増し
夏の日差しに陰を作る
そして小さな緑の実が風に揺すられ
やがて葉は落ち橙の実は大きく熟し
カラスたちが舞い
そんな巡りの大きな速度に接して
僕は柿と束になり歩いてきた道を振り返る



宇宙が僕を置き去りにして過ぎ去っていく
幼年時代も少年時代も青春も高速で僕をすり抜けていく
人々も社会も自然も言葉も僕を過ぎ去っていく
そして最後に僕が残ったかと思えば
僕もまた過ぎ去っていって
残ったこの穴のようなもの無のようなもの
疑問符と感嘆符が冷たい風を一身に浴びている



言葉が沢山散らばっている野原で
僕はその言葉達の背後にある哲学を編もうとした
多種多様な関係の枠組みを総動員して僕は一個の一貫した哲学を読み取ったつもりでいた
だがもう一度その野原を眺めるとその哲学もまた同じように散らばっていき
僕はまたその背後にある思想を編みそれはまた散らばり



人生というテクストを波打たせるものとして
今日も音楽は僕の体で屈折を繰り返す
人生というテクストを裁断するものとして
今日も路傍の花達は僕から世界の中心を奪っていく
人生というテクストを修繕するものとして
今日も人々は僕に沢山の声を置いていく
だが人生はそもそもテクストであったか



気付いたら本に取り囲まれいていた
自ら進んで本の牢の中に閉じ込められた僕だ
本はとても甘い果肉を持っているが
そこに微量の毒を込めることを忘れない
僕は本から逃げられず
狂ったようにその果肉を啜っては毒に冒されていく
本の装丁・活字達
本は拒絶し僕は拒絶を超えることで負けていった



故郷に在るということは
郷愁を呼吸し郷愁を湯水のように浴びることである
それぞれの道に隠された記憶を神秘に触れるように辿り返し
それぞれの人の過去と自分の過去を縫い合わせることである
あの山に登れば
神はどんな木陰にもどんな山陰にも存在する
僕は神に挨拶して山頂で神めく太陽を射る



この声は誰にも届かないと
この手は誰にも触れないと
極力理解することで自分を守ろうとした
だが声は増幅して多数の人々へと届き
手にはいつの間にか無数の糸が絡まり
僕はそれを十分感じていたが
それでもこの声は、この手は、誰にも届かないと
自分の内側に消せない烙印を押し僕は怒っていた



自然は緩やかに回転する衛星を内に秘めている
少しずつ木々は芽吹き花を咲かせ実を生らせ
その回転に歯車のように噛みあって
僕らは木々の実りを最も美しくするために
蕾の数や実の数をそろえ
害虫や病毒から木を守った
実りの季節
自然の回転から歯車をそっと外し
何も移ろわない喜びを沈める



遠からず
過去の意味がやって来る
現在の子孫がやって来る
そんな未来が来ないように
時間の流れを体で塞いでいるのだが
この体こそが時間そのものらしい
何か未来を紛らすものはないか
美しい修辞はどうだ
冷たい母音はどうだ
だが言葉こそが時間そのもので
僕は時間を円周軌道に閉じ込めた



人々よ
口を閉じ目を閉じ耳を閉じ
何も感じるな
そして何も発するな
そうすれば
お前たちの存在を際限のない疲労が包んでいくだろう
疲労の果てに向かって身を投げろ
意識を捨てろ
再び目を開けたとき
壁は相も変わらず垂直で
太陽は相も変わらず眩しい
そのとき訪れる微笑に身を委ねるのだ



「人生」なんて言葉はとっくに死語だから
大局的思考はもう時代遅れだから
そんなことを言いたくなる人生の一局面に
瞬間やその持続で人間の時計の針の音だけを聴く
時計のように正確で慈悲に満ちた通告に
僕は瞬間の応答を返し
寂れていく村の中で
僕は楽しく自分を刻み音を奏でていった



明けない夜は続いて
已まない雨は続いた
僕は光を灯す方法と
傘をさす方法を
非常に巧みに修得したが
その工夫には段々疲労するばかりだった
思い切って闇にも雨にも濡れてみた
体が底まで冷え入るまで濡れてみた
長い時間の経過後
再び僕は
開けない夜とやまない雨へ別の工夫を考え始めた



あなたはあのとき純粋に怒っていた
表情にすら出さずましてや声にすら出さず
理解されようとか理解されまいとかそんなことも考えず
ただ純粋に怒っていた
その黙された怒りについて僕は考えるのです
何の痕跡も何の発展も残さない怒りを僕だけが知っている
この秘密を誰かに明かしてよいものか



そんなに汚れた動機なんていらない
そう思って動機を片っ端から捨てていったら
動機は全て消えてしまった
そんなに美しい結果なんていらない
そう思って結果を片っ端から捨てていったら
結果は全て消えてしまった
動機と結果の間に残されたもの
汚れても美しくもないただ純粋な行為のみ愛する



詩人が死んだと電話で告げられた
誰がかけてきたのか分からないけれど
詩人が死んだとメールで告げられた
誰が送ってきたのか分からないけれど
詩人が死んだと自分に告げられた
自分が誰だか分からないけれど
葬式も要らなければ挽歌も献花も要らない
ただ詩人は死んだ
そしてもう生き返った



天体の動きから外れてしまった人間の動きだけれど
再び体を澄まして天体の回転や移動に釣り合うだけの平衡を取戻す
遠いところで灼熱の物質たちは激しく流動し凍てついた物質たちは宇宙線を反射する
その距離を静かに抱きしめて
その距離から再び更新されるものを
細胞の中心に確かに置いていく



優しさは誰にも見えなくていい
むしろ外見は恐ろしくて気味の悪い方がいい
優しさは誰に与えるものでもない
ただ内側を満たして眼を明るくしてくれるだけのもの
優しさはとても遠いもの
あなたに届かなくても遠い未来にあなたを不意に襲えばいい
僕は無色の振る舞いに判別できない優しさを込める

文学極道

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