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作品 - 20140404_402_7385p

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春の原因

  深街ゆか


(1) 鈴なりに実った赤ん坊たちが風にゆれてる、ひとつもぎ取って食べたら熟れたトマトの味がして、いつかが戯れの時になるならここでお終いです、赤ん坊はそう言うとわたしの胃袋におさまった、まぐわうために飛び散る花粉でしらむけしきにあちらもこちらも曖昧になって、どのくちが言うのか、求愛にふくまれる警報音には理不尽がよくにあうと思うのです。
(2) 朱鷺色の琥珀色の花が咲きみだれ這いずりまわる春ならば、河童に尻子玉を抜かれて死んだとしても不思議じゃない、肥大した敵意が恋心になったとしてもわらいばなしになるでしょう、そんな言いわけをこしらえて、藤喜多という男がいれば藤喜多という男と柳と言う男がいれば柳という男と、昼も夜も裸で遊んだ、なにも乾かさないような風の、なににもならないような行為の、折り返し地点、遊びつかれた手のひらをひろげればびっしりと、つぶれた草花がこびりついていて、どうしようもなく、かなえられない香りがした。
(3) 予習もしないままにふくらんでいく腹をかかえて暮らす日々は、通り過ぎていくものたちの表面をなでるだけなので、あちらこちらが不足している、いぜん食べた赤ん坊の味が胃袋からぎゃくりゅうして、いつかが戯れの時になるならここでお終いですと、どのくちが言うのか、藤喜多のいやらしい喉仏に触れたい、柳のすけべな耳たぶに齧りつきたい、朝も夜も、腹はふくふくとふくらみつづけるので、もう、わたしの体に余白なんて無いです、と言えば、母があなたから生まれてごめんなさいと言う、告げぐちはしないでください、春の手ごたえがなくなってしまいます。
(4) 落としてもすぐにはしぼまないということ、生まれてきた赤ん坊は誰にもにていないものだから、まず復習をしなければならなかった、つきつめると産毛におおわれている、突起した臍が泣くたびにふるえる、ことあるごとにねがいごとが切り詰められ、たちすくみ、赤ん坊の性別も名前もAでなければBであろうというふうに決めてしまった、どちらにしてもいつか訂正され、なかったことのようになる、そんな予感だけがたよりだから、ふきげんな風がふく両どなりにはいつも恋があって、老夫婦がわたしの赤ん坊を譲ってくれと言ってきたとき、迷うことなくその場で譲った、老夫婦は赤ん坊のしろい産着に付着した黄色い花粉をふりはらうと立ち去った、あとには朱鷺色のはなびらがちらちら舞い、きのうとおなじ空が浮かんでいた、痕跡は触れるまで無いも同然なのに、いっぽにほと歩みをすすめていると、ときどき事故のように触れてしまう、あれから12年が経ちましたこれが修復と言うならば春はもうお終いです、という差出人不明の手紙が届いたとき、このことは予感していたように思えたので、おどろくこともなければよろこびもなかった。
(5) もうすぐ、この季節も終わり、夏という孕むものが多すぎる季節がわたしを置き去りにして、過ぎ去っていく、はじめから、なにもなかったみたいに

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