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作品 - 20140215_646_7315p

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冬の朗読

  前田ふむふむ


  
           
いつも決まってそうなのだが
足の
下の方から冷気が流れてくる
わたしは ありったけの厚着で防寒をしているような気がする
でも
なぜ 耐えているのだろう
なぜ 暖房で温めようとしないのだろう
視界には
よわい光の蛍光灯だけが眼に入ってくる
漆黒の夜にいるようだ
少し身体が振動しているらしい
その揺れは
わたしを癒したが
いつまでもその感覚に浸っていると
段々と不安になってくる
その揺れに耐えられなくなり
止まってほしいと思うと
その揺れは徐々に小さくなり
やがて止まった


お客さま この昇りT駅行の電車は 車両故障を起こしたので 目的地にいく
ことができません この駅で降りてください たどたどしい車内放送があり
わたしは 無理やり電車を降ろされる ホームはちょうど中央の所に 灯りが
ひとつ点いているだけだ あれ 降りたのは わたしだけじゃないか しかし
 こんな田舎でどうしたものか 誰もいない寂しい場所だ とても寒いし 何
だろう この薬臭いにおいは しばらくすると 電車が来た でも 下りの電
車だ 駅員が詩を朗読している もう随分と待っているが T駅行は来ない 
来るのは 決まって下りの電車ばかりだ そして 駅員は決まって詩を朗読す
る 紙のような駅員に尋ねた T駅行はどうして来ないのですか 駅員は悲し
そうな顔をしていた 落ち着いてください あなたが言う 今度のT駅行の電
車に乗るのが辛ければ このまま この駅にしばらく居ましょう わたしは急
いでいるんだ T駅行に乗らなければ 仲間も待っているし 父さんも待って
いる すると霧が濃くなってきて 胸がとても苦しくなる 消しゴムのような
駅員が わたしの耳元で呟く あなたのいうT駅行は 絶対に来ません それ
は とても良いことで 安心しましたが あなたが下りという電車も しばら
くは来ないでしょう あなたの様子をみてよく分ります 実は 下りに見えた
のは 上りのT駅行だったのです とても寂しそうな電車だったでしょう い
や 楽しそうに見えたのかもしれない 行かせてやりなさい でも あなたの
いる場所は ここでなければなりません 鉛筆のような駅員は そう呟いた 
気が付かなかったが ぼんやりとした暗がりで 老いた母が 静かにわたしの
横に座っていた わたしはその軟らかいベンチに用意されていた苦い薬を飲ん
だ 鳥が羽ばたく音がする すっかり冷たくなりかけた身体が 温かく鼓動を
打ち始めた とても静かに
明け方だっただろうか 全速力で一本の電車が通り過ぎた わたしは 高鳴る
気持ちを抑えきれずに 書き終えた詩を朗読した そして次の日も 詩を朗読
した 電車が来ない日もあったが睡眠薬が効きすぎて 一日中眠っていたから
だ でも 起きているときは 一日も欠かさず わたしは詩を朗読した T駅
行の電車のために わたしは 何度も詩を朗読した T駅行の電車が レール
の音を立てながら 今日も走ってきた とても厳粛な空気の匂いがしている
朝のひかりが眼を射ぬいて 午前七時を指していた 老いた母が忙しなく 朝
の食事の支度をしている わたしは その日 暗くなるまで T駅行の電車の
ために 何度も 何度も詩を朗読した


いつも決まってそうなのだが
足の
下の方から冷気が流れてくる
そのたびに
わたしは人目を憚らずに 泣いた
通行人は怪訝そうな眼で
かかわるまいと 
わたしを見ていた

文学極道

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