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作品 - 20140214_592_7313p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


虹の第八色についての独白

  NORANEKO

蜂の複眼を比喩として束ねられた意識たちが煙る輪の滞留に触れる千手 鮮やかにwikiる タッチパネルの振る舞いに虹の第八色が凍てついた網膜が反転して子午線を通過するわたしのtweetが捻れてゆくの時計が針が呼吸が歩行が意識の波が匂いが変質する時だから。青ざめた馬が粒子の雲になって海岸に漂うからわたしは一杯吸い込んだ。嘶いた。

複眼の視野の一点が虹に偏執する夜、蛇に変えられた虹の第八色の夢を見た二時間後にわたしは喫茶店に出勤する。ありもしない概念など置き去りにするほど日常時間は河川の緩やかな慣性でわたしの脆弱な感性を洗い流してゆく。いま、絆創膏の貼られたわたしの左手人差し指に取っ手を取られているコーヒーカップ。WEDGWOODの野苺の絵も、既に擦りきれている。
膨らまないコーヒーの粉に斜めの角度で刺さる96.5度の注湯。粉は対流し、800種類の香味成分の一切合切をサーバーに落としてゆく。落ちきる前に挙げられた台形三つ穴ドリッパーの、上で干からびてゆく泡の、光を失うさまはおじいちゃんや、昔の飼い猫の、あの時の眼に似ている。世界は叙情ばかりだと想う。わたしが強調するまでもないほど。

(無意味の意味などわたしのテクストから滅びれば良いという比喩も滅ぼしてくれるほどの純粋な叙情の滞留、すらもわたしは滅びればよくって何が残らなくてもいいのっていう虚無すら無化する、骨が立ち上る行間への、膨大な祈りの連打としての散文の塵ども。震えろ、震えろ、うつくしさも残さないで。)

スマートフォンのタッチパネルをはしる蛇のような散文の羅列を連ねるとき、息切れしそうになるのがいつも怖いから、過剰であることが安らぎだったように想う。
毛布一枚あれば眠れる身体は、背を床に預けたまま夢見ることを許してくれる。どれだけ汚い夢でも、夢は夢だから嬉しかった。(虹の第八色、あれはどんな色だったのかいまだに思い出せない。多分、暖色系だったと想うのだけれど、色見本のカードをめくっても、めくっても、ぴんとこない。)

はじめて飼い猫を亡くした13歳のころは、よくお風呂に浸かりながら、色のない世界を想像しようとして目をつむっていた。遊びというには脅迫的な感覚に突き動かされた試みだったように想う。結局、どんなに色を無くし、空間を無くしても、黒い平面だけは意識に残った。黒を消し去ろうとしても、白がすり替わるように表れた。冷えきった水風呂のなか、唇を紫色にして震えていたあの頃の自分は、沈黙するほかない命題があることを知らなかった。きっと、それだけの、よくある話だ。たちが悪いのは、今もあの頃とそれほど変わらない、沈黙を知らない拙さを残したまま生きていることだろう。

(無色が認識の範疇を超えているならば、わたしの意識に像を結ぶことはありえない。ならば、虹の第八色は、何らかの存在しうる色のひとつであったはずだ。)虹の夢を詳しく思い出せない。

文学極道

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