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作品 - 20131216_515_7191p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


不寝番―みずの瞑り

  前田ふむふむ

      1

夥しいひかりの雨が
みずみずしく 墜落する光景をなぞりながら
わたしは 雛鳥のような
震える心臓の記憶を 柩のなかから眺めている

(越冬する黎明の声)
古い散文の風が舞う 剥き出しの骨を纏う森が
黒いひかりの陰影に晒されて
寒々とした裸体を 横たえる
燃えるように死んでいるのだ
薫りだす過去を 見つめようとして
あのときは
夜が 冠を高々と掲げていただろう
訃報のときに躓いた白鳥は
枯れた掌の温もりを抱えて
忌まわしい傷口を 開いてゆく
こわばった声で鳴きながら

(新しい感傷旅行)
そのとき 
わたしは 咀嚼したはずの安霊室の号哭が
劫火をあたためながら 抒情的に生みだされて
時折 弧を描いて
この胸のなかの 漂白する午後に
いつまでも 立ち会っていることに気付く
降りやまない葬送の星の草々たち
浮かび上がる凛々しいかなしみたち
白い暗闇を帯びて 
わたしは 耳で見つめる

(沸騰するみずの地獄)
そして
真率な夜に置かれた手は 
冬のひかりをくゆらし
小川の浅瀬をくすぐり
鋭利な冷たさに 触れようと試みる
そのとき
わたしは 惰性に身をやつす皮膚が
コップ一杯の過去も飲み干せない
理性の疲労をさらけ出すのだ
暗闇を引き摺るように

蒼白い居間に 逆さまに吊るされた
天秤の絵画がゆれて
轟音をたてて死んでいる夜に
わたしは置き鏡に映った
ひとつの孤独な自画像を
見ることができるだろう
だが 埃のついた こころの瞳孔を反芻しても
ひかる空に戯れる 子供たちの透明な窓に
紙飛行機をたおやかに
飛ばす無垢な過去は 味わえないだろう

子供たちは 過去を知らないから
自由に過去と うねりを打つように戯れて
過去を 歪曲の色紙の上に染めず
静寂の湖面の目次の上に 彫の深い櫂を
差し込むことが出来るだろう
伸び伸びとした櫂の指先のあいだから
ひろがる地平線のない群青の空に
無限の追悼を 描けるだろう

子供たちは わたしを置き去りにして
夏の饒舌な木霊を 午前のみずのなかに
溢れさせていくのだ
わたしは 振り返るように見つめる
あのうすい布がはためく 鳥瞰図のなかの岸を

       2

十二音階の技法によるピアノ伴奏で 老いた両親が わたしに子守
唄を歌う 繰り返されるその調べは 多くの危うさと わずかな真
実があるだろう かつて世界の近視者の堕落が 深夜繰り返される
案山子たちの舞踏会を 演じさせた烙印を知る者にとって 個の良
心によって行われている 偶然は やがて必然となるのだろうか
そして 消してあるテレビの画面の中で 卑屈な歪む顔が浮かぶ危
うさは 今や全くの自由を手にした 鴎の群れが 空の青さを持て
あましている時代の 古い写真の中で遠吠えをする 狼の危うさだ
ろうか 禁煙した者の部屋に置いてある 鼈甲の灰皿には 黴の生
えた古いタバコが 燃えている それは 遺書を読み上げる結婚式
が 行われた夜 壊れかけた 信号機のある無人踏切に 二人で現
れる見知らぬ幽霊が 夜ごと 焚き火をしながら 最後の薄汚れた
口づけに美しく微笑んでいる そんな 幽霊たちの歴史において
行われつづけた欺瞞は 幽霊たちの石棺をあけて 腐乱した屍を
死の祭壇にさらしたのである 細々しい一本の塔を崇拝した者たち
にしてみれば 石棺の上で 乱立した塔を見て 悲しむのだろうか
羨むのだろうか 新しい山々の木霊を 新しい海原のざわめきを
新しい街頭の前衛が かもしだす息吹を ひたすら煌びやかな模様
細工で飾り立てた 栄光の午後に 彼らの遺伝子を継承する子供を
乗せる 白紙の百科事典でできた あたらしい遊園地の観覧車は
熱病に冒されている子供である あたらしい蜘蛛たちを乗せて ガ
ーシュインを聴きながら 今や 悠然と 幾何学模様の円を描く
分娩と堕胎を繰り返しながら
分娩と堕胎を繰り返しながら

       3

不寝番が ふかい森のみずの始まりを
たえず見つめている
    眼を瞑りながら
森のみどりを見つめている
  言葉の廃墟のなかから 火をたぐり寄せるように
おもみを増した森の迷路を抜けると
終わりの岸に出会う
そこを越えれば 懐かしい森の傲岸がせりだす
湧きつづけるみずの声
遠いつぶやき

わたしは 精妙なみずのにおいを ふりわける

不寝番は 閉じた眼をあけると
子供たちの世界が 冬のみずきれを
はぎれよく 広げている
抒情の砂漠を泳いでいるのが見える

わたしは ふたたび 眼を瞑って


 

 

文学極道

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