まだ、
しゃぼん玉が浮かんでいた。「あ」と「ひ」の中間の声が漏れいで、号砲として轟いた。街とともに、私は止まっており、止まっている、ということを知るほどに、ぴりりと痺れる指先が、陽光の投射を、あちらこちらから、透過させてみせる素振りで、ひっそりと立ち上っていく、ひとりっきりの油膜、仮説としての界面を、ピンク、レッド、オレンジ、と、順番に滑り降りていきながら、明るさの、巨きくなった広場へ、金木犀の、匂いがいきおいよく流入し、吸気が、肺の奥で渦を巻く。あらゆる、先端のあいまを漂う、午後としての私は、クロックスをつっかけていて、いや、つっかけていたのは、クロックスのまがい物であって、足先を包む、型どられたゴムや、靴底はうすく、やわく、尖った、路面の感触を、私は感じることができる。
あるいは、
ドードーのけむくじゃらの翼。泡の残滓、その乾いた図柄が、腐った、石鹸水の匂いを振りまいて、そこいら中を闊歩しており、嘴で羽繕いをしたり、所構わずふんを漏らして、ひしめきあっていたかと思えば、羽毛を逆立てて争い、交尾をしては卵を産む。そして産まれたときにはすでに、絶滅していた、青春時代へ、不様で、かわいいね、と、臭いに鼻を、つまらせながら、西日を浴びて、生活している、私たちの、北半球の、図鑑の、中で、愛しい、侵略者たちの、美しい、マスケット銃が、火を吹いているから、尾羽を振って、元気よく、足にぶつかった鳥が、前方へ、駆け抜けていくことがあれば、後姿に向けて、何気もなく引金を引いては、膨らんだ翼に銃を仕舞う。そのときは、振るえなかった指。
そして、
分離していた、「わたし」たちや「あなた」たちが、かき集めた記憶が、手首の、なめらかなスナップで、泡立てられた、風景の、日持ちの悪い、乳成質、その白色が、階調に飲まれていくとき、ぽこぽこと沸き上がった、新しい小さな、感情が小さく弾けて、粉のように小さな、泡が、また小さく舞い、窓から風が入れば、粒を含んで、甘くなった、風は、口へ、舌は、視神経の端っこを引っ張って、次にぱっちりと眼を開けた時には、心細くて、まだ手を動かし続けることしかできない。そうやって甘みを味わった、若白髪が1本2本、ここに立って、かたわらに積もっていく、書物、ゲノム、明細書、様々に巨大な、大きさをとった、海楼の高さから、重力の失せた、地上を見下ろす、風は、更に、甘く、熱くなっている。ミルクセーキは飲み頃だ。カップを傾けた、君のその口元をなぞる、分子間力の世界線。
さあ、
稜線は青く、内側から、赤い。互いに、居場所を計りあった、地図を整頓し、息を継ぐと、球体は、地底に透けている。君の、声からは、あらゆる中間の音が、既に、遣い果たされていて、今この瞬間に、発語されようとしている、具体的で、神話的な、文字列は、新しい遺跡、そこで、新しい羊を飼い、新しいパンを食べ、新しい星空を眺める。嘘みたいに、嘘になった、嘘、夢みたいに、夢になった、夢のなか、いつまでも、君と、出会い続ける、闇へと、沈む。
最新情報
選出作品
作品 - 20131130_317_7165p
- [優] 泡に関するノエマ - かとり (2013-11)
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泡に関するノエマ
かとり