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作品 - 20131021_686_7084p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


浮遊する夢の形状

  前田ふむふむ



       1

鎖骨のようなライターを着火して
円熟した蝋燭を灯せば
仄暗いひかりの闇が 立ち上がり
うな垂れて 黄ばんでいる静物たちを照らしては
かつて丸い青空を支える尖塔があった寂しい空間に
つぎはぎだらけの絵画のような意志をあたえる
震える手で その冬の葬列を触れれば
忘れていた鼓動が 深くみずのように流れている

わたしの耳元に 幼い頃
おぼろげに見た 赤いアゲハ蝶が
二度までも舞う気配に 顔を横に寝かせれば
静寂の薫りを運んで
金色の雲に包まれた 羊水にひたるひかりが 遠くに見える

あの霞のむこうから わたしは来たのかもしれない

剥ぎ取られた灰色の断片が 少しずつ絞られて
長方形の鋏がはいる

わたしは 粗い木目の窓を眺めながら
捨てきれない 置き忘れた静物といっしょに
墜落する死者の夜を見送る
  まだ始まらない夜明けのときに――

     2

朝焼けが眩しい霧の荒野が 瞳孔の底辺にひろがる
赤みを帯びて 燃えている死者の潅木の足跡
そのひとつの俯瞰図に描かれた
白いらせん階段が 空に突き刺さるまで延びた
古いプラネタリウムで
降りそそぐ星座を浴びた少女がひとり
凍える冬の揺り篭をひろげた北極星を
指差しながら
わたしに振り返って
ここが廃墟であると微笑んだ
あの少女は 誰だったのだろう
なにゆえか 懐かしい

窓が正確な長方形を組み立てて
視界になぞるように 線を引く
線は浮遊して 静物に言葉をあたえる
次々と引きだされる個物のいのちは
波打つひかりのなかを 文字を刻んで泳いでいく
やがて 線が途絶えるところ
わたしは 線を拒絶した荒廃した群が 列をなして
窓枠をこえていくのを見つめる
見つめつづけて

       3

思い出せないことがある
わたしの儚い恋の指紋だったかもしれない

単調な原色の青空を貼り付けた風景が 声をあげて
わたしに重奏な暗闇を 配りつづけている
時折 激しく叩きかえす驟雨を着飾れば
(空は季節の繊毛が荒れ狂い
        ――あれは、熱狂だったのか
白い雪が氾濫して 皮相の大地を埋めれば
(モノクロームの涙に 染める匂いを欲して
        ――あれは、渇望だったのか
わずかな灯火をたよりに 手を差しだせば
繰り返される忘却の岸に 傷ついた旗が見える

思わず瞑目すれば
ふたたび 貼り出される白々しい単調な音階に
身をまかせている わたしの青白い腕
すこし重さが増したようだ

長方形の額縁のような窓が 果てしなく遠のいてゆく
限りなく点を標榜して

いや はたして 窓などはあったのだろうか

仄暗い闇のなかで わたしは 痩せた視線で
忘れたものを いつまでも眺めている
眠っている静物たちを見つめて
灯りが弱々しく沈んでいくと
眠っている鏡台の奥ゆきから覗く
寂しい自画像がうつむく

茫漠と 時をやり過ごし
時計の秒針が崩れるように 不毛が溶けだすとき
微候を浮かべる冷気にそそがれて
燦燦とした文字で埋めたひかりが
硬直して 延びきった足のつま先に 顔を出す
わたしのうつむく眼は 輝くみずに洗われている

やがて、訪れるはじまりは
ふたたび、夢の形状をして――

文学極道

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