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作品 - 20131003_356_7057p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


三つの奇妙な散文詩

  前田ふむふむ

洗濯物
            

白いTシャツが 十着干してある家がある
七メートルくらいの長さの二階のベランダに 物干し竿で均等の間隔をおいて
ハンガーに掛けられているのだ いかにも裕福そうな建物の家で 百坪くらい
の土地に鉄筋コンクリート造りの家だ そして和風のりっぱな門構えをしてい
る 私の家から見えるそのベランダには毎日 毎日新しく十着の白いTシャツ
が干してある 時にパタパタと風に揺れながら なぜか干してあるものが白い
Tシャツだけなのだ よくみれば決して高価そうなものではない ユニクロで
売っているようなものだ 四人家族の家であるのに十着という数も不自然だ
 全員が一着着ても余ってしまう もっと正確にいえば 男性用のTシャツで
あるのだから女性は着ないと思うし私の知るかぎり着るのは主人の父親と長男
の二人だろう なのになぜ十着干すのか 一日何度も着替えるのか 着替える
となるとちょうど五度着替えることが必要になる 実は四人家族というがほん
とうは十人の男がどこかにいて私たちの眼を盗んで住んでいるのだろうか 私
は四人家族以外には全く見たことがないのだが それから全部白いというのも
おかしい ふつうは青とか赤とかそれぞれ好みもあるだろう それにそもそも
Tシャツではなく他にも着るものがあるだろう 今は冬である セーターはど
うだろう 長袖のジャケット カーデガン ネックパーカー 分厚いジャージ
など良いではないか また洗濯物なのだから 男性用の下着とか女性用の衣類
もあってもおかしくない いやあるのが普通だ はっきりわかるのは干してい
る奥さんが着ているものだ 地味な服装だがTシャツじゃない ということは
普段の生活では家族がTシャツではない普通の服装をして生活をしていること
が想像される その服は別のところで干しているのだろうか でもあの家で別
のところで干してあるのを見たことがない 全部クリーニング屋に出している
のだろうか でもいくら考えても納得できないのは この寒い冬になぜTシャ
ツつまり半袖だけなのかということだ もしかすると奥さんは少し頭がおかし
くてあのような奇行を毎日行っているのだろうか でも私の知るかぎりいつも
気さくに挨拶をするのであり 決して不自然なところはないのである そこで
あるとき なぜ十着の白いTシャツを習慣のように毎日干すのですか と一度
聞いたことがあったが それまで穏やかだったその奥さんは豹変して まるで
罪人でもみるような怪訝な顔をして立ち去っていった そしてその時 私はと
ても寂しさを感じたのだ 世の中には不思議なことがあるがこの出来事もそれ
であるのだろうか わたしには全く理解できないが あの裕福な家ではそれが
ありふれた日常であり その奇怪な行為を行うことで 日常の平穏が維持され
ているのだろう 白いTシャツを干している奥さんの顔はとても幸せそうで 
極論をいえば毎日のその行為のために生きているようにも思えるのだ そして
その継続の純粋さにおいて奥さんの行為がとても神聖な行為のように 思えて
くるのだ きっと世の中にはこのような奇行が人知れずなされていて 実は人
間の根源的なものがわずかに表面に浸みだしただけで この世というものはこ
うした不条理なものが本質として深く沈んでいて成り立っているかもしれない
 そして世の中の秩序というものを辛うじて保っているのだろうか 
今日は典型的な冬空で雲一つなく晴れ渡っている 少し離れた家の二階のベラ
ンダに十着の白いTシャツが均等に並んで干してある


喜劇

正午を回った頃 空も地も真夏が茹だっている 窒息してしまいそうである 
巨大なビルが林立する大通りで 黒い丸帽子を被った男が 涙を流し喚きなが
らぼろぼろのリヤカーを引いている 男は汗が染み付いたワイシャツが透けて
いて 痩せこけた日焼けした肌が見えている リヤカーには一匹の犬の亡骸が
乗せてある あばら骨が剥き出しになり 内蔵が外から見えている その裂け
目から体液がこぼれて 焼けた地面に溶けている 傍らには 老婆が弱々しい
力でリヤカーに くっ付いていて 犬を撫でている 後ろから大きなフライパ
ンを鉄のバットで 叩きながら男の子と女の子が付いてくる
一団は街中を行ったり来たりしている 歩道には珍しそうだと 大勢のサラリ
ーマン風の人々が見ている 一団が信号機にさしかかると いきなり歩みを止
めた そして赤い信号機に向かって 男は喚いている 犬である子供の名を 
涙を流しながら叫んでいる
狂ったように
わが子の死を そのやり場の無いかなしみを
訴えているのだ



冬の動物園

真冬の動物園にゆくと 不思議な光景に遭遇することがある
例えば あるインド象が 真剣に雪を おいしそうに食べているのである 彼
は はたして象なのだろうか 生きている象は 熱帯のサバンナの赤い夕陽を
背に咆哮しているだろう ならば如何なる生き物なのだろうか 例えば 豹た
ちは冬の陽だまりのなかで まるで老人のように 便を垂れ流しにして恍惚と
している すでに 体内で得体の知れない液体が発酵しているのか あれでは
 中身が腐っている剥製だ 彼ら動物たちは 餌を自ら獲得する先鋭な野生は
すでに無く 弱々しい呻き声をあげて 決められた時間に病院食のように餌を
与えられる廃人のようだ それは同時に 古代の奴婢以上に厳しく管理されて
いるが 檻のなかでは 脱走以外には あらゆる自由が叶えられる選ばれた不
思議な生き物だ 子供たちは喜んで眺めているが もしかすると 彼らは幽霊
なのかもしれない 熱帯の大地で繰り広げられる たくましく燃えるような生
命の闘争 その物語を語る言葉を遥か緑の彼方へ すべて棄て去って来た幽霊
の群がショーウインドで季節はずれのドレスのように飾られているのだ だが
 夜一人でテレビを見ていると 動物の弱々しい呻き声を聞くことがある ど
こから聞こえるのか テレビのなかでは中年男が気難しそうに話しているだけ
である 彼も また多くの視聴者に見られるテレビの檻にいれられている不思
議な生き物だと感じながら テレビを消すと 黒い画面に鏡のように映るやつ
れた顔から動物の弱々しい呻き声を発していることに気付く それが自分であ
ることに気付く ある時 孤独な時間に 自分の断片をみて 自分が何者であ
るかを気付くことがあるのだ ある都会の片隅の 帰宅を急ぐひとたちのなか
で 動物の呻き声を聞いて 愕然とするひとがいるだろう だが 思考を甘受
させてくれる余裕を与えずに人間社会は 急ぎ足で進んでゆくのである そし
て すぐに忘れ去り 日常という自分の王国の時間を過ごすのである いつか
 ふたたび 一人孤独の部屋で 怪しげに去勢された動物に変身して 自分の
声に恐怖を覚えるまで 

文学極道

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