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作品 - 20130817_774_6991p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


三つの抽象的な語彙の詩

  前田ふむふむ

距離


       
凍るような闇に
おおわれている
もう先が見えなくなっている
わたしは手さぐりで
広い歩道にでるが
そこには夜はない

誰もいない路上
灰色の靴音を
ききながら歩くと
その乾いた響きのなかに
はじめて 夜が生まれる

街路灯が
わたしを照らして
影をつくっている
その蹲るようなわたしに
しずかさはない

わたしが影のなかに
街路灯のひかりを見つけたとき
その距離の間に
やがて
しずかさは生まれる

木々にとまる鳥が
眠りにつき
霧でかすみをふかめている
わたしは湿った呼気で
手をあたためる
そして
寒さに耐えるために
強く 公園のブランコにゆれるとき
わたしは ただひとり孤独を
帯びるだけだ

わたしの背に
聳えている街は
脈を打ちながら
いつまでも高々として
わたしを威圧して
夜をつくり
そして
しずかである


自由
            

名前をつける
無名の
草に
そして
草に眼があらわれて
顔が生まれる

名刺のように
空にも
海にも

白紙の便箋のように
無所属だった
街を闊歩するきみ
そして わたしも
顔をもつだろう

けれども
この個性をもつ
まぶしい世界に眩暈をかんじて
わたしは 仮に充足を
嫌ってもいいだろう
そして
名前を捨てれば
顔のない
盲人のように
その暗闇のなかで
すべて失うことを
感じるだろう

嘆くことはない
その真率な
しずかさのなかで
確信するだろう
世界が相互監視者であることを
やめているのを

そのとき
手さぐりで 
高々とした麒麟を撫ぜるように
くびのすわらない
赤子が母をさがすように
わたしはひとり
自由を獲得する


自分
      

雨が降っている
真夜中、階下の冷蔵庫が開いていて
あかりが零れている
男が冷蔵庫の前に
座りこんで前屈みになって
しきりに中のものを食べている

わたしは暑さのために
なかなか寝られず
みずを飲もうと
台所にいこうとしていたのだ

見ていると 男は手掴みで
まるで際限なく食べている
その血走った目つきといい
獣のようだった

少し近づき
よくみると
わたしが食べているのだ

通勤電車のなかで
吊り輪に持たれて
都会のありふれた景色を
窓越しに
眺めながら
そんなことを 
ふっと思い出したのだ

あれは昨日の夜のことだったと思う
そして あの生々しさから
あの出来事が決して夢なんかではないと
思えるのだ

でも見ていたのが 自分なのだから
あの男は わたしのはずがない
では
わたしでなければ誰なのだろう
鬼だったのか

考えてみれば
こうしている自分が
何の根拠にもとづいて
わたしなのだろう
他人は自分が思うように
わたしを見ていないはずだ
そう考えると 自分を
ほんとうのわたしなどと確信をもって
いえるのだろうか

もしかすると
みしらぬ世の中のどこかで
もう一人の自分がいて
ときに 得も言われない姿で
生きているのかもしれない

こうして街のなかにいるときにも
むこうから もうひとりの自分が
あらわれるかもしれない
そして
もうひとりの自分がこのわたしを見て
鬼のように思うのかもしれない

気がつけば
正午を過ぎている
レストランでランチを食べる
トイレに立ち
みだれた髪を梳かす
鏡のむこうに
わたしがいる

文学極道

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