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作品 - 20130723_549_6965p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


四月三十日

  NORANEKO

『この世をば
 わが世とぞ想う
 望月の
 欠けたることも
 なしとおもえば』*1

 下手な歌を諳んじる、坂の上で湿る夜。遠くに茂る緑の並木。靄みたいに立ち込める精液の匂い。老婆の浮腫んだ尻肉のような黄桃が空の穴に嵌まってる。
 こんな夜に生まれたのだと思うと、気持ち悪い。
鳥肌が頬まで上る早さよりも遅く、坂を登る。やがて、彼方の道の奥に、あなたの待つ集合住宅がみえる。

***

 記念日の白い卓子に載る、お菓子の家を切り分けるあなた。
 ハッピーバースデーの歌が裏返り、弾ける林檎酒の笑い。
扉の金箔の花を、君と、半分こ。
蝋燭の灯る部屋の暗がりに垂れる、屋根にとける雪は甘くて、薔薇の香りがする。

『太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。』*2

むかしの、君の歌のように。切り分けられ、食べられた家の、つぐむ糸のらせん、二重。その、ふたつの時制を思うとき。あなたの谷間に光る、冷たい聖ペテロ十字が、緋色に染まって見えた。
あなたの背中に咲く、ホオベニエニシダの色うつりだろうか。

***

君の家は雪の上に建っていたんだ。朽ちて、その旧い家が雪に埋まるころ、僕らの家は、きっと、建つだろう。

***

僕らが口に運ぶ、骨まで柔らかい仔牛のシチューの油分で会話は滑らかにすすむ。それは卓子の隅に転がる茹で海老とか、床に落ちてる梟の羽根や、ひっくり返った蜘蛛のこととか。部屋のなかにあるものについてばかりだけど、時折あなたが脚を組んで見せる黒いハイソックスとか、悪戯にちらつく舌の先とかのおかげで、あまり飽きなかった。

***

蝋燭の火を吹き消して、その先は、語らなくていいだろう。青ざめた果物を鑿で割ったり、起伏の稜線に爪を立てたり。幾重にも襞をなす、青白い死者の乳が寄せては返す岸辺で、白く泡立つ裾の歯列につま先からあまく噛まれて、僕らは波紋になったり、螺旋になったり。そんな比喩のほか、語るべきこともない。歴史のいっさいは波のごときものだという、ただ、それ以外には。

◆◇◆◇

*1 藤原道長『望月の歌』。全文引用。
*2 三好達治『雪』。全文引用。

文学極道

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