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作品 - 20130704_361_6947p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


鎌倉 縁切り寺

  大ちゃん

紫陽花が長い雨を腐敗させていた
6月の暗い休日
僕は母と鎌倉を歩いていた
有名な縁切り寺を目指して

放蕩を重ねた父のせいで
僕たち家族は離散していたのだが
未だに借金でだけは繋がっていた
ねじれた腐れ縁を断ち切るために
そぼ降る雨の中をうつむいて
二人ざくざくと歩いていた

老境ながら住み込み家政婦をして
つらい生計を立てていた母
そんな彼女に楽してもらう努力もせず
あの頃の僕は会社の独身寮に入り
部屋と工場の往復だけの
無為な日々を過ごしていた

僕は人生を頑張らなくても良かった
だって父の借金を返していたのだから
体たらくであっても良い理由
自分の将来と向き合わない理由
あの部屋は格好の隠れ蓑だった

母と違い保証人ではなかった僕
法律的には返済の義務を負わなかったけど
他に建設的な何かを行なう元気もなく
毎月きっちりと借金を返す事だけが
生きている証しみたいな気がしていた

母は腑抜けた僕の態度に
なんとなく気付いたのか
「縁切り寺に行こう。」
出し抜けに電話をしてきて
「あの幸福破壊魔との悪縁を切ってしまおう。」
かなり息巻いていた

こんな経緯で無様な二人は
本当に久しぶりに会って
雨の中を黙ってその寺を目指していた

ようやく目的地に到達した僕達
寺門を潜ると大きな壷があり
灰に刺さった線香からの煙が
雨に当たり空気に溶け込んでいた
そこはどこの観光地にもあるような
代わり映えのしない普通の寺だった

迷うことなく賽銭を掴み
箱に投げ入れようとした僕に
母は「待って。」
ものすごい顔でこちらを見た
母はそれきり何も言わなかったが
ずっと幼子のように唇を突き出していた

母の仕草などにはもう
何も感じていなかった僕は
ワンコインを惜しみなく投げ
縄を揺らし鈴を鳴らした
そしておざなりに
「縁を切ってください。」
心を込めずにお祈りした

その後の流れでホイと
母にも賽銭を渡してやったが
彼女はもじもじしていて
なかなか投げようとしなかった
何を躊躇しているんだろう
自分で言い出したことなのに

まあ今に始まった事ではない
母はいつもこんな感じだ
肝心な局面ではドMになる
赤鬼みたいな父とは
食う者と食われる者の関係
ホント良いコンビだったね
どうでもいいのだけど
父に恫喝されていた
母はとても醜かった

そしてそんな時はいつも
傍らで泣いてばかりいた僕も
他人から見ればやはり
さぞ醜かったのだろう

目的を果たし寺を背にすると
僕は来た道を駅へと向かった
母も後を歩いていたようだった
花の無い雨の小道でさえも
紫陽花の匂いがしていたから

紫陽花は母の化粧の匂い
いつも嫌な香りで
僕を滅入らせてしまう

その後横浜で中華を食べたのだが
丸いテーブルに母がいたのかどうか
今となっては良く思い出せない

最近ふと考える
あの日から縁が切れてしまったのは
そう
父とではないんじゃないかと

文学極道

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