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作品 - 20130610_094_6915p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


顔についての三つの詩

  前田ふむふむ



怒鳴る男

 
           
ひどい罵声が飛んでくる
いきなり物が飛んでくる
わたしも避けながら 投げかえそうとする
むこうでは 言葉が渦を巻いていて
次の言葉が 今にも襲いかかろうとしている
よく見ると 無精ひげを生やした
青白い顔の男が
喚いているではないか
わたしは余りにうるさいので
その男にたいして
反撃して 怒鳴りつけた
すると 歪んだ醜い顔は
さらに顔を歪めて
怒鳴っている
涙をいっぱい溜めて
そんなに悲しいのか
そんなに辛いのか
鏡に映っているわたしの姿は
惨めで 悲しかった
この世の中が
忘れ去った男の
最も愛する人が死んだのだ




一方の始まりから
終焉にむかう 
わずかな直線のなかに
仮面をかけた顔はある

わたしは
正直にいえば
ほんとうの顔を知らない
疑りながら
被っている仮面をみて
渋々納得しているのだ

そして
問われると
普段の顔は
いつも仮面をかけていて
カメレオンのように
そのときのこころの色に
染まるのだと
答えるだろう
ときに 微笑ましく
ときに 激情的に
ときに 陰鬱に

でも実を言えば
確かめずにいられないのだ
だから
わたしは
誰もいない
一ミリの剃刀も通さない
厳粛な場所で
夜の 
神もふかく眠るとき
ふるえる心臓の高なりとともに
仮面の下の
おぞましい顔を見るだろう

そのとき
わたしは
鏡をみて
鏡のなかの顔は
すでに仮面をかけていることを
知るのだ
ときに青く
痩せほそった病人のように
    弱々しく
ときに黒く紳士のように
     気取っているのだ

そして
誰も 仮面の下の
顔を見ることはできないと
公理を立てるのだ

でも
欲望に終わりはない
きょうも
この世界のどこかで
野心にみちた
若い
物理学者が
ひとり
仮面の下を見ようと
実験室の奥ふかく
神話の階段に
足をかけている


誕生    3.11に寄せて    

離別すること
それははじまりである
丸い空が
しわがれ声をあげて
許しを乞う
そのとなりで
友はしずかに
そして
激しく雨になる

空がにわかに
なまりを
たくわえてくれば
きみの来歴は
砕かれた壁の
内部に
雨とともに
刻まれるだろう

朝焼けのとき
こわれた水面を
きみを
称える
いくえの書物が埋めている
その紙のうえを
船が出港する

広がる波跡に
ひとはあつまり
ひとは散り
やがて
すこしずつ 足の先から
道ができ
新しい顔をもった
きみは生まれるだろう

文学極道

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