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作品 - 20130429_444_6835p

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晴れ時々御池

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空の色は淡い青、雲は手で裂いた真綿のようです。昨日の雨に洗い流された大気は、遠く正面に見える西山山系の輪郭をくっきりと見せ、そして、風の清々しい日です。京都の春の彩りは、桜からツツジに入れ代ろうとしています。先日、山科区の毘沙門堂へ足を運びましたが、霧島ツツジのつぼみが膨らみはじめていました。それはまるで、陽気に呼応した妖精の類が、内側から優しく花びらを押し開いているようでした。手入れのされた花ではありますが、ここにも自然の力が、脈々と息吹いているのだと思いました。幸いにも、それを見守ることしかできない私は、少し安堵の念を覚えました。彼女の猫が失踪して、1週間が経とうとしています。私は、御池通りを西に向いて歩いていますが、この御池通りは、平安時代には三条坊門小路と呼ばれた、道幅の狭い通りであったそうです。しかし今では、京都の市内幹線道路として機能し、沿道には、業務系の高層建築などが建ち並んでいます。そして、この大通りを癒すように、街路樹は柔らかな日差しを浴び、風に揺れながら、細やかな木漏れ日を、歩道にいくつも落としています。人々が、この木漏れ日を潜ってゆくのを眺めていると、私自身もこの情景の一部分なのだと、気が付くまでに、幾許か恥ずかしい時間を費やしました。私は職を求めて、人材派遣会社の登録会へ向かうところです。この付近には二条城や御所など、緑の豊かな京都の要所がありますので、野鳥もやってくるのでしょう。姿こそ見えませんが、たくさんの鳥の鳴き声が、ビルに反響しています。 印象的なのはヤマガラのさえずりで、とても喜びに溢れているように聞こえます。また、シメのさえずりは鋭く、この街中では、少し耳を凝らさないと聞こえません。路肩には軽トラックを止めて、窓から片足を突き出して、お弁当を食べている人がいます。簡素な作りの石のベンチには、携帯電話を触っている人が座っています。私は、歩道の隅の石畳の目地の部分に目をやりました。イヌフグリが、小さな青色の花を咲かせています。私もこの花のように、誰かの側らで、朗らかに咲いてみたいものです。あの鳥たちのように、姿の見えないところで、鳴いてみたいものです。どこにでもある、あたりまえの、孤独を幸せの理由にして。 

文学極道

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