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北◆Ui8SfUmIUc

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  北◆Ui8SfUmIUc

顕彰の旗が波音にはためき
瓦礫に突き刺さっている

故郷を捨てられない者の群れが
火照った耳を泥土にうずくめている

不毛は語草にこびりつき
冤罪原子は浮遊し
地獄や天国も色褪せ

生は罪が人目に晒された夢
命は爪を研ぎ指先は火のように熱く

鋭い閃光が恐怖と希望の
あいだを乱反射している

かもめの翼 陽の光を切り裂く
時折 とても眩しい


晴れ時々御池

  北◆Ui8SfUmIUc

空の色は淡い青、雲は手で裂いた真綿のようです。昨日の雨に洗い流された大気は、遠く正面に見える西山山系の輪郭をくっきりと見せ、そして、風の清々しい日です。京都の春の彩りは、桜からツツジに入れ代ろうとしています。先日、山科区の毘沙門堂へ足を運びましたが、霧島ツツジのつぼみが膨らみはじめていました。それはまるで、陽気に呼応した妖精の類が、内側から優しく花びらを押し開いているようでした。手入れのされた花ではありますが、ここにも自然の力が、脈々と息吹いているのだと思いました。幸いにも、それを見守ることしかできない私は、少し安堵の念を覚えました。彼女の猫が失踪して、1週間が経とうとしています。私は、御池通りを西に向いて歩いていますが、この御池通りは、平安時代には三条坊門小路と呼ばれた、道幅の狭い通りであったそうです。しかし今では、京都の市内幹線道路として機能し、沿道には、業務系の高層建築などが建ち並んでいます。そして、この大通りを癒すように、街路樹は柔らかな日差しを浴び、風に揺れながら、細やかな木漏れ日を、歩道にいくつも落としています。人々が、この木漏れ日を潜ってゆくのを眺めていると、私自身もこの情景の一部分なのだと、気が付くまでに、幾許か恥ずかしい時間を費やしました。私は職を求めて、人材派遣会社の登録会へ向かうところです。この付近には二条城や御所など、緑の豊かな京都の要所がありますので、野鳥もやってくるのでしょう。姿こそ見えませんが、たくさんの鳥の鳴き声が、ビルに反響しています。 印象的なのはヤマガラのさえずりで、とても喜びに溢れているように聞こえます。また、シメのさえずりは鋭く、この街中では、少し耳を凝らさないと聞こえません。路肩には軽トラックを止めて、窓から片足を突き出して、お弁当を食べている人がいます。簡素な作りの石のベンチには、携帯電話を触っている人が座っています。私は、歩道の隅の石畳の目地の部分に目をやりました。イヌフグリが、小さな青色の花を咲かせています。私もこの花のように、誰かの側らで、朗らかに咲いてみたいものです。あの鳥たちのように、姿の見えないところで、鳴いてみたいものです。どこにでもある、あたりまえの、孤独を幸せの理由にして。 


たまごがけごはん

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この町には、昔から変わった習慣がある。おじいちゃんの、そのおじいちゃんの代より、もっと前からあるらしい。

この町では、週に1度どこかのおうちで、夕飯を「およばれ」するのだ。当然、「およばれ」するくらいだから、週に1度、どこかの家族を「おもてなし」するときだってある。

この町の家々には、それぞれ「お家料理」というものがあって、この「お家料理」は、先祖代々受け継がれてきたものらしい。だからどこの家も、このお家料理を表札と一緒に掲げている。電話帳にだって載せてある。

町を歩けば、トンカツからすき焼き、スシにカレーやお浸しまで、例えるならこの町が、ひとつの大きなレストランで、家々は、それぞれがひとつのメニューになっているのだ。

ちなみに、僕の家の「お家料理」は、たまごがけごはんだ。

僕の家では、このたまごがけごはんを、ずっと受け継いできている。時代の流れの中で、お家料理をハンバーガーなんかに変えてしまった家もあるけど、とりあえず僕んちの戸籍謄本に×の印はない。

昔は、たまごがけごはんを求めて、たくさん人が来たんじゃよ。家の外まで行列ができたもんじゃ。おじいちゃんは目を細めて言うけれども、最近は、そんなハンバーガーとか、洋食なんかに押されて、僕の家で「おもてなし」をすることは少なくなった。

だからというわけではないのだけど、僕たち家族が「およばれ」するときも、どこか質素なお家料理を選ぶようになってきている。お父さんは「長生きの秘訣だ!」なんて言ってるけど、湯豆腐が5回も続いたときは、本当にうんざりした。

ある日、学校から家に帰ってくると、家族全員が目を皿にして、電話帳を眺めていた。そしてお母さんは、お父さんを目で殺したあと、電話をかけはじめた。

もしもし、エビフライの山田さんでらっしゃいますか?あ、お世話になります、たまごがけごはんの田中です。はい、来週の3日に、山田さんのエビフライを、およばれしたいのですが?あ、よろしいですか!ではお伺いしますので、よろしくお願いします。

エビフライは僕の大好物だ!そして来週の3日といえば、僕の誕生日だ。お母さんは、にっこり笑って受話器を置いた。お父さんは口笛を吹いた。


ヘレスで出会ったロマの女の子におくる詩

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ヘレスで出会ったロマの女の子は、字が読めないから早口なのか、それはわからない。
僕がカテドラルでポケット辞書を眺めていたとき、バサバサッとハトが飛びたったなかから、
突然、君はころがりこんできたんだ。君の澄んだ黒い瞳に、僕のおどろいた顔が映りこんでいたから、
鮮明に覚えているよ。

僕は、「あなたのおなまえは?」と辞書をひらいて指差した。だけども君は、僕を指差して
「Cino!cino!」と、大声でまくしたてたんだ。いったいCinoとはなんだろう?
そう思って調べてみると、中国人という意味だった。「Japon!Japon!」僕は日本人だよ。
地図をひろげて、日本を指差してみせた。すると君は、これはイタリアだと言った。

まわりにいたロマたちが、ゾロゾロと集まってきた。そして僕の顔を見るなり、Cino cochino.
と言って笑った。僕はそのとき、君と一緒にいたロマ達を見て、
君が盗人の一味だって気がついたんだ。それもお尋ね者のヤバイ奴らだってね。

君は僕に、「早く来い!」というような仕草して、僕の手をつかんであるきだした。
ガイドブックには載っていない凸凹道を、他のロマ達も一緒についてきた。
おもちゃのガラクタみたいに、わめいたり、さけんだりしていた。
アンダルシアの太陽は、眩しいだけじゃなかった。日差しは、影も強烈に焦がしていた。

あれは、霜がおりた畑にしなびた大根、春に小川はやわらかに目覚め、
5月、便箋にカミキリ虫がとまっていた。梅雨、あまどいにおちる雨粒のうんめいを占い、
夏はセミにオシッコをかけられた。10月、さつまいもを掘り、はじめて触った
ミミズにおどろいて、母さんに泣きついた。

ああ、母さん、久しく会っていない。
母さん、僕はいま、遠くスペインの地で、泥棒たちと、知らない女の子に手をひかれてあるいているよ。
この女の子も泥棒なんだ。あのとき、ガイドブックに書いてあったとおり、カバンから手をはなさずに、
かたくなに胸におしつけて、女の子のことを無視していたら、こんなことにはならなかった?

君は、僕の手をしっかりと掴んではなさなかった。時折、僕の手のひらが、うわの空になると、
そのたびに、君は僕の手を引っぱった。僕は、反射的に君の手を握り返してしまう。
君とつないだ手のひらのなかから、僕の不安がいまにもこぼれて、落ちてしまいそうだ。
もしも、落っことしてしまったら、僕は音をたてたナイフで、刺されて死ぬんだ。

とうとう、ひとりのロマが、「パスポート!」と騒ぎだした。僕は慎重にバックから、
パスポートと、金目のものを取り出して、りょう手でゆっくりと差し出した。
パスポートを手にしたロマは、僕の顔を見て、「Cino?」(おまえは中国人か?)と聞いてきた。
僕は地図をひろげて、日本を指差してみせた。するとロマは、それはイタリアだと言った。

このあと、僕がどうなったか、君に伝えたいけど、そのまえに、君にとって僕は、「おかしな中国人」
ただそれでよかったんだ。イタリアって言ったのも、君が日本を知らなかったというより、
たまたま君が、イタリアを知っていた、それでよかったんだ。
君たちロマに、国籍なんか、あってないようなものなんだよね?

僕は思い出が、明日を追い越してゆくような、そんな感じがして、
故郷とか日本人とか、どうでもよくなって、生きるって、君は、きっとそんな風なんだろ?

文学極道

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