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作品 - 20130401_895_6793p

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緑葉羊の少女

  深尾貞一郎

 洗面台に俯く。陶磁器の白い槽内に滴る血から、月夜のように、そよ風は吹き、その朧に開いた、見慣れた通用口を通り、寂しい沼地に出た。飛び跳ねは、光の槍となり、槽全体を彩る。鼻から口元を押さえる右手が、くらやみを裂き、もう、固まりかけた博愛の奢侈に、気だるく汚れている。

 沼地には、業務用の廃ダンボールを満載した、白い、古びた軽トラックがとまっていた。洗面台の蛍光灯をつけた。黒い瞳のような、陽気な眩しさに、顔を顰める。押さえていた手を広げると、落ちたばかりのあぶら汗が赤く、蜘蛛の触覚のように、ぬめぬめと光った。

 敗北に隣接したアパートがあり、ベランダで布団を干している若い主婦と視線が合う。いやらしい女だ。青草に群がる虫どもが、西風とささやく。薔薇の芳香に毛孔がうずく。主婦は何も見なかったように目を逸らした。

 金色の天使たちがガソリン缶を開け、手元のダンボールからリノリウム床に汁が垂れた。一瞥して、そのまま洗面所に佇む。鏡面に生える、便器に流産したジャスミン。勃起し、刻まれた海の精。和式便器上からトイレットペーパーを掴む時、不意にスローモーションで時間が進んだ。構築物が尾を引いて伸びる、残像が目から消えない。

 紙を小さく捩って耳の穴にも突っ込んだ。角笛の乾いた音が充満する。吐き気を催した。嘔吐した唾にかなりの量の林檎が混じっている。小さな屑籠を抱えるように座り、ぽつぽつと輝く明星を見つめている。飲み込んだ汁の味は完全で、三角コーナーに見ひらく小心な男の臭いにも似て、血を吸ったまな板で捌かれた鰯の頭が、切断された暗い口を開く。

 艶艶と盛られたステンレス合金の恐怖が、十五分も経過しただろうか。自らの頬を叩く。気をとりなおした私は、鼻に詰めた紙を抜いてみる事にした。

 月桂樹に変質したそれをそろりと抜くと、どす黒いナメクジのような、半分固まった羊が顔を見せた。指で摘まんで奥から引き抜く。外に出たものを見て、大きさに少し驚いた。

 居間に帰ると、まだ明かりがついていて、緑色の生ゴムでできた、美少女の私が、口を開けたまま、寝転んでいた。うつらうつらと寝ていたようだ。私の顔を見ると、また、鼻血か、とそれだけ云った。

文学極道

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