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作品 - 20130314_649_6773p

  • [優]  泥濘 - sample  (2013-03)

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泥濘

  sample

弟が、壁に短い線を引いている。
それをくりかえしている。
何を書いているの、と訊ねる。
雨、と答える。
わたしは傘をさす。

テレビは激しい雨音。
大雨、洪水、注意報。
誰かが言った。
チャンネルを変える。
人が大口を開け、笑っている。

壁に向かう弟の手が、止まっている。
雨は止んだの?と訊ねる。
まだ、止んでいないよ。
傘の下で
弟の、冷たい足を撫でる。

映りの悪いテレビ。
電源を落とす。
弟の、鼻をすする音と
衣服の擦れ合う音だけが聞こえる。
もう、夕食は済ませている。

飼いならした天人鳥。
黒く、細長い尾を立てて
朱色のくちばしを水に付ける。
水浴びがはじまり
小さな体を震わせる。

水しぶきが、弟の顔にかかる。
手の平で拭い、弟は言った。
雨も、こんなふうに冷たいのだろうか
そうして少しだけ皮膚の上にとどまったら
いつのまにか、消えてしまうのかな。

わたしは傘を閉じ
少量の水を飲んだ。
カーテンを半分開けて
濃い雲を探した。弟は眠っていた。
壁に描かれた雨。
胃の底に
水が溜まってゆくのを感じた。

文学極道

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