弟が、壁に短い線を引いている。
それをくりかえしている。
何を書いているの、と訊ねる。
雨、と答える。
わたしは傘をさす。
テレビは激しい雨音。
大雨、洪水、注意報。
誰かが言った。
チャンネルを変える。
人が大口を開け、笑っている。
壁に向かう弟の手が、止まっている。
雨は止んだの?と訊ねる。
まだ、止んでいないよ。
傘の下で
弟の、冷たい足を撫でる。
映りの悪いテレビ。
電源を落とす。
弟の、鼻をすする音と
衣服の擦れ合う音だけが聞こえる。
もう、夕食は済ませている。
飼いならした天人鳥。
黒く、細長い尾を立てて
朱色のくちばしを水に付ける。
水浴びがはじまり
小さな体を震わせる。
水しぶきが、弟の顔にかかる。
手の平で拭い、弟は言った。
雨も、こんなふうに冷たいのだろうか
そうして少しだけ皮膚の上にとどまったら
いつのまにか、消えてしまうのかな。
わたしは傘を閉じ
少量の水を飲んだ。
カーテンを半分開けて
濃い雲を探した。弟は眠っていた。
壁に描かれた雨。
胃の底に
水が溜まってゆくのを感じた。
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選出作品
作品 - 20130314_649_6773p
- [優] 泥濘 - sample (2013-03)
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泥濘
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