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作品 - 20130311_555_6761p

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おはよう、人類

  

 寝付けなくて、いつの間にかベランダで煙草を吸いながら朝焼けを見ている。温度が交差する。畦に沿いながら暖かな温度が侵入して夜は撤退してゆく。小さな音楽が始まるみたいに、誰にも聞こえない音楽が始まるみたいに、雀のちゅんちゅんという囀りが押し並べて等しく人家の屋根に降り注いで、しあわせの角度を測り予ている人達の頬にゆっすらと感触を残して、まるでそんな事件は起こらなかったかのように、今は穏やかな風が煙の鼻先を曲げてしまったところ。

 小さく噛み砕かれた笑顔が、最先端の技術で復元されて、世界中の小さな子どもたちの眦に降り注ぐような嵐があってもいいじゃないか。この国では桜という花がもうすぐ咲くのです。小さく、薄っすらとピンクをさした色合いの花弁が開いては、無力に風に吹かれながら、たくさんの人に踏まれたりして土に戻ります。円らかなお顔が水たまりに映っているのを見ている小さい女の子よ、君の唇に桜の花びらが止まった時、君は一体何を思うのだろうか。

 青色を薄くさした空に、白く刻印されているのは、かつていたと言われている巨鳥、飛べなかった今日の空にその白い骨の残りかすだけを悔しそうに漂わせている。翼はもうない。現代日本人は翼を持たない種族だ。空を飛びたいと思うことができることと実際に翼を持っていることには反比例の関係があるのかもしれない。哀しむこと勿れ、空を飛ぶに能はずと知り、なお空を飛んだ人たち。もしそうならば、あなたたちの背中には等しく白い翼が生えていることだろう。ある時雀に訪ねたんだ、「空ってどうだい?」「空ってなに?」

 おはよう、人類。などとふざけたことを言いながら今、煙草を吸っていて、畦に沿って、春とか目覚めとか幸せとかそれとは正反対の惨事だとかが、じりじり畦に沿って、進むのを、ふざけながら見ている。自分が道化だと思うような人間には自分を後頭部から眺めることができるという、なんとも悲しい機能がついていて、ふざけている自分をふざけながら見ている自分はやっぱりふざけていて、どうせふざけているのならば、もう少しだけこの世に居座って、空を飛ぶのはまた今度、とお茶らけてみようかな。桜が咲いたって何も変わりはしないのだけれども。

 夜通し見ていたドキュメンタリーのことをまだ覚えている。タンザニアの有名なやつ。元傭兵でその当時は警備員だったおっさんが、政府が戦争さえ起こしてくれれば妻も子も喜ぶのにな、って笑ったのを覚えている。

文学極道

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