しかもな、梶原がおらんねん。近くのドトールで待ち合わせて、一緒に行こうぜwっちゅうことで、おれは先に着いて待っとったんやけど、時間になっても全然き―へんから、もし梶原くんはいつ来ますか?ってメールしたったら、わーーーー、風邪ひいちゃったよーーーw なんてかましよって、しかたなく一人で来てんねん。ま、行ったらだれかしら知っている人がおるでしょう、なんて思っとったけど、来てみたら、ははは、誰もおらん。見事に知らない人だらけや。ま、ちょっと到着が早かったし、まだこれから来るでしょ、いや来るにきまっとるでしょ、いやだれか来てうんうんと、ちょうど持ってた数珠絡まして両手合わして念力かましたってたら、はあ、クワバラくんは千ちゃんとむかし仲良くしていましたからね、さぞ悲しいんでしょうね。ご愁傷様です。オーデコロンでぬらぬらした正体不明のおじんが話しかけてきました。オールバックでした。ぬのお、おのれ、なぜわしの名を! と肝冷やしましたけれど、クワバラくん、千ちゃんに最後会ったのいつですか? 千ちゃんの好きなところは? 千ちゃんの武勇伝と言えば? マラソン大会100人抜き? それとも校内大食い選手権三年連続優勝? さあどっち!? などとまるで俺がほんとうに参列者としての権利を所持しているのかどうか、何やら試してるかのようにまくし立てるので、できる限りに神妙な顔つきで、やや肩を落とし俯き加減に、へぇ、ほんま100人ほにょにょう、ご愁傷様ごにょごにょーーーと尻すぼみに言っているうちに、葬儀屋の兄ちゃんが、お寺さんがもうすぐ来ますので、目をつむって静粛にして御着席くださいと始めたので、助かった、襤褸でえへんかった。南無法蓮華経ーーー。なむ。
ここは千ちゃんの葬儀場です。むろん故人を偲ぶ場所ですから、厳粛に、厳かに、つつがなく執り行われる儀式に対しあらがうことをせず、参列者は日常のざらざらした雑念を取り払い、虚無的に万事流されるまま転じるままに在らねばなりません。南無法蓮華経。せやけどなんや、ほんま千ちゃんって誰やねん、明日千ちゃんの葬儀があるから一緒に行こうw なんて梶原が急にメールよこしよって、おれ、千ちゃん言われても思いつく知り合いなんて一人もおらんかったけど、そやかて千ちゃんってだれやねん、なんてかましたったら、どないなる思うてんねん。まあそれできっと千ちゃんが誰かっちゅうことは分かりましょうが、なんですか、きっとあだ名も忘れてしまうくらい疎遠な人ですから、そりゃちょっと葬儀に行くことはできへんのです。そんな中途半端な感じで故人を送ることは、おれの人間性つーか、信仰心つーか、そういう熱くてコアな部分が断じて許さないし。でも、千ちゃん誰やなんてゆうて、お前千ちゃんのこと忘れちゃったのかよ、まじ人間性疑うはw なんてことになったら、ちょっとやっぱりなんとなくさげさげで後ろめたい気分になるし、いや、普通に何とも言わずに用事があるんやなんや言って、するっと断ればええんやけど、そしたらまあ、了解w なんてふうに話が済むんでしょうけども、あいつまじ人間性疑うはw などとあとで友人のあいだで要らない風評流されるのも嫌でしたので、こうして誰かも知らない人間の葬儀に参加しているというわけです。たたられるでほんま。ややわ。怖いわあ。南無法蓮華経なむ。なむなむ。
あかん、だめや、やっぱりだめや、ぬるぬるやおれは。見ず知らずの人間の葬儀に半端な気持ちで、なんや、ごめんなあ千ちゃん。誰か知らんけど、まじごめんよお。南無法蓮華ーーー経。南無法蓮華ーーー経。それにしても、南無法蓮華ーーー経、みんななんで揃いも揃ってそんなにぬるぬるしていらっしゃるのですか? すみません参列者のみなさん、ねえおいこら。あい、そこの兄ちゃん、葬儀中にくるくる髪の毛いじり過ぎですわ、女かあほ、ほんとに送る気ありますかあほ、南無法蓮華ーーー経、それとそこの端っこ一帯のおばはん淑女の方々、今更化粧直しても土台知れてるっつーか、いまあなたたちは葬祭の儀式に参加しているのですよ? 真っ最中っすよ? そこ自覚してます? なんですかその体たらくは、え? お寺さんに見えないから大丈夫だって? ふざけるんじゃありませんよ。ふざけるな。千ちゃんは見てるよー。千ちゃんはあんたたちの行いを何もかもお見通しだよー。やばいよー。このままじゃ、千ちゃんの魂うまく昇天できないかもなあ。うんそれってやばくない? なんかあれでしょ、そういった場合のプロセスとして、おれ全然詳しくないけど、地縛霊的なあれになっちゃうわけでしょ、けっきょく。あ、おいガキども、DSは今やってはいけませんよ。今は静かに千ちゃんの御魂を送ってあげましょうね。ほらほら南無法蓮華ーーー経! あにい? もう少しでラスボス倒せそうだから暫し待たれよ? いけませんねー、最近のお子さんはしつけがぜんぜん足りませんねえ、おらおら南無法蓮華ーーー経! 南無法蓮華ーーー経!
ぜはぜは、もうあかん、声もようでえへんわ。それにしても悲しいなあ、千ちゃん誰か知らんけど、いやこの葬儀はあかんて、まるで実の入ってないなよなよのインゲン豆のごとく形式的じゃないですか。もうあんまり千ちゃんが不憫なんで、おれ涙ちょちょ切れてきましたわ。おいんおいん。おいんおいん。おいんおいん。ん、なんですか? 泣いたらいけないですって? うっさい、故人をしのんで泣いて何が悪いんですか。わたしゃ存分に気の向くまま泣かせてもらいますよ。おいんおいん。おいんおいん。おいんおいん。え? クワバラくん、クワバラくんて、みんななんでおれの名前知ってんすか? どうして、そんなみんなおれを慰めてくれるんスか? それでよけい悲しくなってまうだけですやん。おいんおいん。おいんおいん。おいんおいん。おい、おまえら、やめてほほほ、くすぐったいちゅうに、いや胴上げはだめでしょう。あ、うわなに胴上げちゃってるんすかみんなまじで。お寺さん怒りますよて、ええお寺さんまで何しとんの、そんなお経もあげんで、万歳万歳、クワバラクワバラって。ああ千ちゃん。ああ千ちゃん。悲しいなあ。えらい悲しいなあ。達者でなあ。南無法蓮華経。こんなぬるぬるのおれを許したってやあ。でもでも千ちゃんのことほんまなんか他人とは思えんのです。ここにきて心底そう思うのです。生きてるときに会いたかったなあ。千ちゃん。ほんま誰やねんおいん。南無。南無。南無。
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選出作品
作品 - 20130228_158_6729p
- [優] しかもな、梶原がおらんねん - リンネ (2013-02)
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しかもな、梶原がおらんねん
リンネ