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作品 - 20121224_529_6569p

  • [優]   - zero  (2012-12)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  zero



冷たい水のような闇をかき分けて
叫びだす一歩手前の植物たちを
いつまでも一歩手前でとどめるために
踏みしめて歩く
冷たい水のような闇の水圧は高く
わずかに届く水溜りの薄明かりさえも
何も映さないために表面を枯れさせる
この闇がすべてへとつながる結節点で
夢は氷のように凝集している



家の裏手の狭い道路を走っていると
太陽は右上に容赦なく照っていた
国道へ向かう果樹園の間の道でも
太陽は追いかけてきた
追いかける太陽をさらに追いかける者へと
花束の痕跡をくれてやり
二度と追いかけるなと自分の体で太陽を遮る
光の始原は隠れていろ
私は背中で逆に太陽を追い続ける



幾年の風雨が溶け込んだ民家の壁にも
人を手なずけてしまった自動車の窓にも
太陽は砂のように流れ落ちる
吊し上げられた太陽は
構成されることも処刑されることもなく
ただその夥しい光で無数の分子たちに呼びかけている
分子はさらに原子に呼びかけ
原子は太陽に呼びかけ
円環が円環のままに



シュレッダーにかけられた美しい哲学も
空港で踏みつけられた時計の神経も
郵便に紛れ込んだ一粒の生命体も
残らずお湯の湖に浸していく
足から尻、腹から肩へと
気圧と水圧の嶺の接する所へと
宴は際限なく皮膚に飲まれていき
夜は切れ切れに口から指し示され
ふと、誰かが沈黙するのが聞える



朝の闇が凍った意識のようだ
くしゃみをする
季節の変わり目の寒さに対応しきれずにだと
だが朝の物音が血液を模倣しているようだ
それに朝の家具ははっきりと目覚めすぎていて
朝の月は空から飛び出しそうだ
そんな朝にくしゃみをする
そんな朝をくしゃみする
私も凍るためには必要な手続き



冬は日記帳の中に書き込まれた一筋の金属
あなたの髪が放つ表情から消し去られた温度を厳しくゆるします
冬は改札口に突き刺さった一羽の小鳥
あなたの指先がこれから描こうとする愛に正しく謝ります
冬は未踏の森の奥に開かれた匂いたちの店
あなたの目が話している素朴な矛盾に小さく頷きます



まず幸福をゆるし
次は殺人をゆるした
そして笑顔をゆるし
さらには権力をゆるした
それはすべて、すべてを緩すため
幸福の発熱に理性を与えくつろがせ
殺人の甚大な余波に文脈を与えくつろがせ
笑顔の与えすぎな余剰を削ってくつろがせ
権力の硬直した監視から身を隠しくつろがせた



花が咲き乱れていた
僕の体の中に
僕は内側から花の美しさに冒されていった
例えば晴れた正午の切っ先に
花が蠢く、光をまき散らす
花はとても美しいので僕はとても苦しかった
やがて花は醜く枯れていき
僕はようやく花の苦しみから放たれる
そして花は実となり苦しみはもう殻の外に放たれない



僕は君と出会って世界が全てわかった気持ちになった
君は無限の海で移ろいゆき汲みつくせない存在だった
だがそれはつまりは「僕」の殻が「僕と君」の殻に変態しただけ
僕と君、二人の対のエゴイズム
僕はその先へ行くために君をまた一人の別の人間として
殻の外側に降り注ぐ雨として捉えなければ



太陽が俺をさえぎり続けた
光と形と熱すべてが俺をさえぎった
なぜおれは復讐してはならないのか
俺を陥れた人々社会
すべてに死を与えることは月も許さない
そこで俺は復讐を諦め太陽の内側に入った
太陽の使者として人々に光を与えた
そしてある時気づく
この権力こそが実は復讐だったのだと



僕は詩を読みます
まだ聴いたことのない音を聴き、まだ見たことのない光を見るために詩を読みます
時には波に乗るようにして、時には地面を掘るようにして詩を読みます
何物でもなく、何物でもあるような未明の形体と融合するために詩を読みます
ある時は机上である時は駅の喧騒の中で詩を読みます



雨滴がどこまでも落ちていき疲れ果てて地上へと身を横たえる
地上の水たまりに映った金木犀は憂鬱を酸素に光合成して曇った空へと進出する
病が椿の木の毛根をめぐり相手を死なすか自分が死ぬか禅問答を続けている
そして雨は霧のようにわずかな音を立てて大気を満腹にし
消化液として風景を溶かす



たった一つの沈殿した「さようなら」を
たくさんの華々しい「ありがとう」で包んで
そうして僕らはいつも無口な天秤のように
血の重さと肉の重さを釣り合わせている
喪失はいつも形のわからないもので
「ありがとう」でどう包んでよいのかわからなくて
本当は天秤も振り切れているのかもしれない



いつも細胞の中で飛び跳ねている歌たちが
遠くからかすかにほのかに聞こえてきた朝
僕は夏の体を食べつくして秋の体を着込む
夏と秋を決めるのは僕ではなく
例えば一匹の羽のちぎれた蛾である
死んでいく者たちが存在を遺していくということ
季節はいつもそのようにして今日も僕の歌を書き換える



言葉というものは積木細工です
単語が一つ一つの積み木で
名づけは僕らの知らないうちに傲慢に冷淡になされています
僕は積木の組み合わせに飽きて
自分で積み木を作ろうと
こんな夕方を「ひろり」と名付けてみました
ひろりは無垢で文脈や同意によって鍛えられてなくて
でも壊すには可愛すぎて



廃屋の屋根をひょいと跳び越えて
バイクの通り過ぎる慌ただしい音が
僕の鼓膜をひょいと跳び越してきた
それは音楽の一つの素子
みるみるうちに増殖し
僕の目の前に交響曲の幻想を描き去っていった
さらにひょいと来るのは永遠に続く虫の声
幾つもの音階に分かれて
協奏曲の綱を絞り出した



労働者よ、君の呼吸からは
いくつの宇宙の成り損ないが
筋肉と汗と書類の星座を作り損なったのだろう
労働者よ、君は疎外されていないしかといって自由でもない
労働することは人間を生み出すこと
身体を生み出すこと
精神を生み出すこと
それらは尊くも卑しくもなく
関係を捕食すること



氷の朝の背後に隠された宝石を
君のヴァイオリンと共に叩き壊せ
その背後では水鳥の内臓が人間の憂鬱を検査している
そんな昼間には大きくなり過ぎた銃口が
君を飲み込もうとするから
すべてを画像の中に宣伝し
労働が労働を無数に呼び込むときに
君は一人の商人であり銃と剣を売っている



物語と歴史のはざまにいくつもの声が重ねられた
歴史は時間と物質でできた朝陽の海だ
黒くて強くていつも広々と開拓している
物語は幻想と連続でできた山中の川だ
町と町、人と人との隙間をいつでも狙っている
美しい物語が醜い歴史と結婚するのは
醜い物語が美しい歴史と結婚するのと同じことだ



僕は詩を書きます
友人と語り合った帰りの車窓からいつまでも眺めていた夕陽を見た後に詩を書きます
他人から書けと言われてそれがいつの間にか血肉にまで滲み入ったとき詩を書きます
人を愛しているとき恥ずかしいから気持ちを分析分解して詩を書きます
挫折の度に苦しく激情に襲われ詩を書きます



この身の一大事とばかりの一行目
やはり書き始めるんじゃなかったと後悔する二行目
それでも連結と展開に才を見せびらかそうとする三行目
やっぱり「才走った私」なんてどこにもいなかったと失望する四行目
それでも無様な責任だけは感じて書き抜こうとする五行目
やっと終われると安堵する六行目



蝉がどんどん死んでいるな、何かの比喩のように



人が人を愛するように
僕は例えば一通の被害届を愛したのです
人が人へと恋文を送るように
僕は例えば官公庁へ履歴書を提出したのです
人が人を愛撫するように
僕は例えば法律相談所の机を撫でたのです
人が人を憎むように
僕は例えば整然とした都市計画を憎んだのです
人が人を愛するように…



現実から幻想へと逃れても
幻想まで悲惨であるとき
花々はとても冷酷で
鳥たちは知らない歌を歌っていた
憎しみや復讐が存在理由である、と
そんな悲しい言葉を所有することに慣れたとき
花々の美しさに対抗できるようになった
復讐の動機を遺失して初めて
人々が僕の中に根付き花を咲かせた



ここはどこでもない場所だから
方角もなければ外部もない
僕らは役目を終えて散った花びらのように自由さ
だから国家に歯向かう必要もなければ
国家に従属する必要もない
革命も運動もインテリ気取りも大統領になることも
すべて可能だけれど何の意味も持たない
とりあえず政治も文学も捨てよう



緑色のタヌキが人里を笑いながら通り過ぎて行った
それは救世主が救世主であることをやめた日だった
赤色のペンギンが足元の氷を割って聖句を囁いた
それは現代の十字軍が使命を忘れた日だった
紫色の少女が中心街で大きなラッパを吹いた
それは強い画家たちが一斉に絵筆が目障りに思えた日だった



生きるというただそれだけのことがとても悲しくて
涙が出るほど悲しくて
僕はつと立ち上がると外へと駆け出していったのです
外は小雨で地面は濡れ
僕は蓄えた悲しみを持て余したまま遠くの森を眺めていました
この風景を信じる
そしてこの悲しみを信じるということ
それでも救われない気がして



僕はこの霧の外側にいる
ストラヴィンスキーの覚醒に追いつくために
いくつの星座を解体せねばならないのか
僕はこの体の外側にいる
ストラヴィンスキーの発情を葬るために
いくつの晴れた空を割らねばならないのか
僕はこの詩の外側にいる
ストラヴィンスキーよ、僕に孤独を与えた張本人よ



I'm not a poet because I have ever written many poems.(私は詩人ではない、なぜならこれまでたくさんの詩を書いてきたからだ。)



夜があまりにも静かだったので
僕の脳髄もあまりにもとろけ落ちてしまいそうだったので
ドヴォルザークを聴きました
ドヴォルザークは僕の聴覚なんて局所に集中しているのではなく
宇宙の静寂を別の角度から切り取って来るような響きでした
こんなにも宇宙は何もないのに均衡や軋轢で満ちている



僕は僕たちではなく私たちになっていった
僕も私に姿を変えていった
僕たちが抱いていた自発的で尊い唯一のものを失って
私たちに組み込まれている受動的で機能的で普遍的なものを獲得した
僕の抱えていた孤独や愛もいつの間にかこぼれ落ちて
問いかけ続けていく自己や他者が私を次々と組成してく



僕たちは幾つもの季節を投げ打ってきた
意欲の深い季節や喪失に怯える季節、実り豊かな季節や交通の煩雑な季節
そこから返ってきたとりどりの物質たちに現在を捧げて
僕たちとは誰でありどんな表面であるのか
毛布にくるまれた音楽がいつも僕たちのような気がして
そして僕は僕たちでなくなった



船に乗りましょうとあなたは言った
それより今何時ですか?
私は昔からこういう性格なのですとあなたは言った
それよりここどこですか?
芍薬の花がとてもきれいですねとあなたは言った
それよりあなた誰ですか?
私の気持ちを分かって下さいとあなたは言った
それよりご飯はいつですか?



ドヴォルザークが血液と交差した日没前
僕はカーテンの隙間に意識の隙間を際限なく送り続けて
それが僅かな光となる度に失望しては体温を高め
音楽は名前を失くして純粋な「彼」に還る
僕は体の各部位の角度を少しずつ歪めていき
水位などという平準化に植物を生やし
再びドヴォルザークと呼ぶ



少年は、CDの最後の曲が鳴り止んだ後の時間が苦手だった
少年はいつもヘッドフォンで音楽を聴いていたが、最後の曲が終わってしばらくするとCDが停止する、そのときのズン、という音が苦手だった
曲が終わってもわずかなノイズは鳴り続けるが、CDの停止と共に真の静寂が来る、それが怖かった



動物が学問のように見えるなんて
僕は頭が狂ってしまったのかと思いましたが
部屋に戻って政治学の教科書を読み始めるとどうも鳥のように飛び立ちそうでしたし
慌てて行政学の教科書を開くと今にも吠え始めそうでした
そこで急に閃いたのです
学問も動物も詩の中では全く置き換え可能だということ



僕がいつもの散歩に出かけると
電線の上に鳥が停まっていました
ところがどうもその鳥は政治学のように見えるのです
鳥と学問の一体どこが似ているのかさっぱりわかりませんが
しばらく歩いていると犬の散歩をしている人が向かってきました
ところがどうもその犬は行政学のように見えるのです



満開の大きな桜の木の下で
試験が行われました
例えば僕が子猫を買ってもよいのかどうか
桜の花々は沢山光を振りまき
僕はそれをじっと見つめていました
試験は限りなく遂行され
その度に僕は合格したり不合格したりしました
桜の花は一つ一つが問いでした
僕のまなざしはそれぞれが答えでした



夢の中に置き忘れられた風景
その中で僕は置き忘れられました
その中では今も風が吹き木々が揺れ
人が悲しんでいるでしょう
どこにでもある宇宙の外れ
その崖の下へ僕は投身しました
崖はいくらでも増え続け
その度に僕は投身しなければならず
そして再び夢の中で僕は自分の死体を撫でています



僕は何でもかんでも都市に見えてしまうのです
田んぼに植えられた稲の苗
あれなんか都市のビル群みたいじゃないですか
水道完備の
山に登ると
鬱蒼と茂った林が都市みたいですね
鳥や虫が郵便の役割を果たし
僕の体も一つの都市です
こんなに精巧な都市はありません
会話は都市同士の話し合い



僕は果樹園から沢山の言葉をもぎ取ってきました
これらの言葉を選別して
梱包して
チラシなども一緒に入れて
宅配業者に送ってもらったのです
送り先はことごとく人の住んでない廃屋にしました
人がいなくても置いてくるように
そして言葉が廃屋の中で熟して腐敗していく
誰にも読まれずに、



僕の街には名前のない店があります
その店の売り物を眺めるのは楽しい
例えば僕がこれまでに忘却した大切な記憶が売られています
例えば僕の恋人への愛情が彫刻になって売られています
例えば僕の名前が名前の食物連鎖でどの位置にあるかの図が売られています
そして勿論僕の名前も売られています



今日、僕の人差し指が描いたひもを結ぶ円軌道は孤独でした
今日、僕の体をどこまでも包んでいた地球の大気は孤独でした
今日、僕の足跡はいくつもいくつも孤独のままでした
今日、あなたから届いた長い手紙は孤独でした
今日、あなたが僕に示したすべての好意は孤独でした



音楽も断ち
ネットも断ち
ひたすら大気を眺め
大気の中を歩いていく
この木も小屋も春の花々も鳥たちも
すべては大気の装飾物
ひたすら大気の動きと色と広がりに滲みこんでいく
私は装飾物になるには若干重すぎ硬すぎるので
深呼吸をし体の力を抜き
ほんの一瞬だけ装飾物として風景に溶け込む



振り返ってみると
僕の人生はきわめて行政的でした
出生届から始まり
幼稚園への入園申し込み
小学校中学校高校の入学・卒業の手続き
20歳で婚姻届
25歳で離婚届
そして来月には死亡届となるでしょう
どうせ癪だから
人生満喫してます届でも出してみましょうか
行政が喜びますから



僕は近くの山に登りながら
不意に気づいてしまいました
この木も草も土も全てが工場で生産された構造だということに
しかもその工場もまた一つの構造なのです
匂いも潤いもなく
ただ解釈を迫る構造に全てが還元されていき
そう言えば僕はその工場で構造のバイトをした事もあったよなあ、と

文学極道

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