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作品 - 20121217_404_6560p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


風の谷カンツリークラブ

  大ちゃん

風の谷カンツリークラブ、OUTコース最終9番、谷越えのロング、500ヤードパー5。吹き止まぬフォローの強風がプレイヤーにビッグドライブを約束する、ゴルフ場きっての名物ホールだった。

ライバルとの熾烈な受注合戦を展開するわが社は、不屈の営業努力の結果、遂に最終ユーザーとの接待ゴルフを実現させるに至っていた。未だ先行き不透明なこの戦いの中、敵方に大きく水を開けるスーパーチャンスが到来していた。

今回の取引は、当社の一年間の売上を一気に達成してしまうビッグプロジェクトであり、全社一丸となって結果を出さなければならない最優先事項であった。

取締役会の総意としてホスト役には営業部の接待スペシャリスト、そのふくよかな体と温厚な性格からついた愛称「仏」の部長が指名された。そして喜ぶべき事に、部長のたっての希望で、なんとこの僕がアシスタントに推挙されていたのだった。

「慌てん坊将軍」などとOLどもに、うっすら馬鹿にされていたこの僕も、今回の大抜擢で他の若手社員を出し抜き、確実に出世のラインに乗った感触があった。ただ、そんなにゴルフも上手くない僕が何故に?きっと普段からのえげつないヨイショが部長に認められていたのだろう。

なかなかエントリーのできない名門コースでのプレイに、相手先の社長と専務はすこぶる上機嫌だった。更に加えて部長の接待も、痒い所に手が届きまくる感じで、いつにも増して冴え渡っていた。一方、僕はと言えば、ここ最終ホールまではなんとか、無難にヨイショをこなしていたのだが・・・今にして思うと、少し油断があったのかもしれない。


急遽ゴルフ場に予約を捻じ込んでもらった歪が、最終ホールにやって来ていた。コースが混んで後続が追いついてきたのだ。うしろのパーティーは、見るからに柄の悪そうな連中だった。その上、メートルもあがっていて、プチ酩酊状態でもあった。

「早よ打てや!遅かったら牛でもするで?」

奴らは、何やかやと僕達をはやし立ててきた。そもそも前の組が詰まっているのに、早くしろなどと物理的に無理なのだ。それどころか、見下げ果てたことに、年配のキャディーさんの制服を指で突付いて、

「キャディーちゃんのピーナッツ、ちゅんちゅん。」

などと乳首の当てっこをする者さえいた。

一番偉そうなジジイなどは、そこら辺でおおっぴらに立小便を始めだし、ううぅなどと唸リ声を上げて悦に入っていた。不快感を隠しきれない僕と眼が合うと。

「なんじゃワレ!メンチ切っとったら、しばきたおすぞボケ。ション便かけたろか?」

ああ、何をか言わんだ、治外法権の無礼講状態。こんな輩は無視するに限る。

やっと前の組がボールの届かない距離まで離れて行き、コースの見張り番が白旗を揚げた。打っても良いとの合図なのだ。オナーさんの社長がティーショットのアドレスに入った。強風のために帽子を外した社長は、七三わけのヘアスタイルをやけに気にしながら、何度もお尻ばかり振って一向に打とうとしなかった。業を煮やした立小便ジジイは大あくびの後で、

「おっさん!遅延行為で2ペナルティーや。わしと順番変われ、このウスノロ。」

「まあ、まあ・・せっかくの楽しいゴルフなんですから、しばしお待ちを、ねっ!」

温厚な僕の上司、「仏」の部長がクネクネッと女形のまねをしてウィンクをし、その場の雰囲気を和ましている間も、何故か社長はショットが打てないでいた、イップスにでも罹ったのだろうか?すると社長は僕に向かって・・・

「・・・君、風が、風が、頼むよ。」

闘志を内に秘めたような低い声で訴えてきた。なあんだ、そう言う事か、社長はとびきりのフォローの風を待っていたんだ。ホント欲張りな人だよ、2オン狙いなんだね。良し良し、僕は人差し指を唾で濡らすと、頭上高く掲げた、感じるよ、感じる、台風級の風がすぐそこまで来ている。あっ、部長もウィンクしている、このタイミングで間違いなしだ。僕は迷わず叫んだ。

「社長、今です、GO!」

ヨッシャァッ、掛け声一発、物凄い突風と同時についに社長はスゥイングした。

「社長、ナイスショット!」

エグイほどのフォローの風に、谷底からの上昇気流も加味され、社長の渾身の一打が?黒くて円盤状の一打が?回転しながらぐんぐん距離を伸ばして行った。あれれ、肝心のボールはティーに残っている。ジャスタ モーメント!あんたのそれ、どう見ても空振りやないの?

「グウヒャヒャヒャヒャヒャ、あれ見い、ズラがぶっ飛んで行くで!まるでUFOや、それともフリスビーか?」ボスジジイの遠慮を知らない下品な笑いが、波のようにティーグラウンド周辺を侵食して行った。しまった、正反対だった、社長は風が気になってショットが打てなかったんだ!それなのに僕は僕は、わざわざ風がピークの時に、GOサインを出してしまった。

哀れ、社長はもはやツルッパゲを隠そうともせず、片膝をついてうつむいていた。泣いているのだろうか?頭皮がまっ赤っかだ。僅かに残った、襟足の貧弱な毛が申しわけなさげに風にそよいでいた。

相手先の専務は怒り狂っている・・振りをして、笑いを噛み殺しながら僕を睨んでいた。下品軍団にキャディーまでもが、この世の終わりのように、ひきつり笑いの激しい渦の中に飲み込まれていた。僕はと言えば、極度のプレッシャーから体全体が冷たくなって、もう気絶しそうだったんだ。

一つだけ確かな事は、会社の面目は丸つぶれ、今回の取引は大失敗、ザッツオールって事だ。しかも、責任はこの僕にあるような嫌な気分が止まらない。だけど、部長だって、ウィンクなんかして、イケイケだったじゃないか。そうだよ、僕だけが悪いんじゃない、死なばもろともだ、部長も絶対巻き込んでやる。こんな風に自己保身ばかりを考えていた、女々しくて、とてもちっぽけな僕であった。


その時、部長は、仏のような部長は、そそと静かにそして優雅に、うなだれる社長の許に近づくと、自分の頭に両手をかざして、

「社長、ナイス・スウィングです。さあ練習はOK、本番行ってみましょうか?」

ごく自然に帽子でも脱ぐようにズラを取り外すと、そのまま社長の頭に被せた。「パチン!」今度はちょっとやそっとでは外れないだろう、強固なグリップ音を残して。新型ではあったが、サイズも色合いも飛んで行ってしまったものと瓜二つだった。

笑い声は止み、あたりは水を打ったように静かになった。戴冠式のような、神々しい場面だった。自らのズラを与えて、社長の苦痛を取り払うなど、僕には絶対に出来ない、いや、同じズラ同志だからこそ出来た離れ業と言えよう。鉛色の雲の切れ間から後光が差し込んで、部長のハゲを照らしていた。

すると突然、誰彼とも無く拍手をする音が聞こえ出し、しばらく続いた後、ボスジジイがゆっくりと語りだした。

「今までの我々の振る舞い、誠に申し訳ありません。部長さん、良いものを見せてもらいました。自分を犠牲にしてまで、顧客のプライドを死守する、その美しい心、まさに営業の鏡や!」

部長はまるで何も無かったかのように、

「さて、何のことでございましょう。さあさあ、会長様も皆様もプレイに戻ろうではないですか?ご挨拶が遅れまして誠に申し訳御座いません、ですが、せっかくの会長様ご一行のお忍びでとの御意向に、(ここ洒落で御座いますよ。)水を差すのもいかがなものかと存じまして・・」

「おおお!君は、わしの事を知っていたのか。長らく第一線を退いておったから、全く気付かれていないと思うておったが。部長さん!わしは君に惚れたよ。今回の取引は君の会社に決まりや。おい、社長、何か異論があるかえ?」

「会長様、御意。仰せのままに!」

この会社のキーマンはズラ社長にあらず、立小便ジジイだったのだ。こっそりと取り巻きを連れて、僕達の接待振りを視察していたらしい。最悪の出来事が、部長の行った、たった一つの善行のせいで、最高の結果へと昇華して行った。しかし・・善行?

ここで僕は、ふと今日二度目の、凍えてしまうようなある思いを心に巡らしていた。


部長はもしかすると、相手先の社長がズラを愛用している事や、会長一行がお忍びでこの接待を視察しに来る事すらも、事前に調査済みだったのではあるまいか?そして風の強いこの名物ホール、あのように旧型で軽量なズラでは、高い確率で事故が起きてしまうとも計算していたのではなかったのか?

ゴルフ場が最終9番で混雑するだろう事を予想し、わざと関係者全員が一堂に立ち合うような状況を創った上で、あのインパクトある「ズラ飛ばし」を演出した。そしてその後、神仏のごとき善行「ズラ移し」を見せ付け、まんまと会長を始めとする、皆を誑かしてしまったのだ。

僕のような若手を相棒に選んだのも、あの局面で社長に対し、うっかり誤ったサインを出す事を期待しての、目に見えない仕掛けの一部だったのでは・・・

結局、僕達は全員、部長の書いたシナリオの上で、恥ずかしいダンスを踊らされていただけではなかったのか?

熱視線を察知したのか、部長はくるりと振り返って、茶目っ気たっぷりにウィンクをした。僕達を覆っていた黒雲はどこかへと立ち去り、燃えるような夕焼けが、ゴルフ場の紅葉の色とも溶け合い、部長の頭を血糊の様に染め上げていた。僕は部長がハゲた悪魔に見えたのと同時に、心底、味方で良かったとも・・・

そんな秋の日の黄昏時、僕達コンビによる歴史的大勝利の瞬間であった。


                 END






ドクターDのゴルフ用語解説   

YES!ドクターDがオッサンのゴルフ用語を加齢に解説するコーナーですYO。


○ ロングコース・パー5    普通、ゴルフ場はOUTコースとINコースに分かれていて、それぞれ9ホールずつ合計18ホールで全後半を通じてプレイをすることになっている。各コースにはパー4のミドルホールが5つ、パー3のショートホールが2つ、パー5のロングコースが2つ配置されている事が多い。パーとは、この打数で打ったらOKですよと言う目安のようなもの。だから、パー数が多いと距離が長く、少ないと距離が短いと言う訳なのだ。なお、何故だかは分からないが、朝はINコースの10番からスタートして、昼からはOUTコースの1番からスタートする事が多い。ゴルフ発祥の地スコットランドでの慣わしのようである。

○ メートルが上がる      これは直接にはゴルフと関係が無いのだが、良く使われる、オッサン用語なので是非マスターして欲しい。会社のコンペなどで、前半が終了した場合、オッサン達はランチを食べるのだが、この時に鬼のように酒を飲んでしまい、へべれけになって午後からのプレイがままならない者が続出する。このような状況を「メートルが上がる。」と言う。メートルとは酒量メーターのドイツ語的発音ではないかと考えられる。

○ メンチを切る        関東で言う所の、ガンを垂れる・・に相当する大阪弁。厳しい眼をして、相手を睨みつける事。ゴルフ場では、この行為がきっかけでオッサン同士による激しい喧嘩などのトラブルが発生する事が多々ある。

○ オナーさん         ゴルフでは、その一つ前のホールで一番成績の良かった者が、次のホールで一番先にショットを打つことになっている。そしてそのプレイヤーのことを、オナーさんと呼ぶ。オナー=名誉、が由来ではないだろうか?

○ イップス          オッサンが、いいショットを打ちたいとか、一発でパットを決めたいとか、限界を超えて必死になった場合に、金縛りのように体が全く動かなくなってしまう状態。一応心理学用語のようだ。ドクターDも実際に、イップスに陥った上司の代理で短いパットを打って、シレッと外してしまい、後で怒られたと言う、理不尽な体験をした事がある。

文学極道

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