あかちゃんの頃から体内に隠し持っていた梯子。眠りについたとき降りてゆく、ゆっくりと確実に足をずらす、地上はすぐそこで空は遠い。夜空に実る果実をもぎ取ることができなかったことは、昨年日記に書いておいたはず、残念だったと締めくくって。それにしても地上に広がる街はうかれてる、青白いガスを放つ電球の群れ、もみの木を担ぐ労働者、歩道を渡ればクリスマス。
くちびるの薄皮を剥いで水槽に浮かべたら、熱帯魚が吸い込んで吐き出して吸い込んであきらめて。かわいい世界。熱帯魚の尾ひれから放たれる微弱な電波が引き寄せるのは新しい一日。ちいさな世界。人を殺してほんの少し牢屋で暮らす人、それはあなたでそれはわたしだった。看守に与えられた果実を壁に向かって投げつけたら、こどものころから育んできた世界が破裂して。軽くなるからだ。やわらかなものを潰す感触になれてしまえば、何にでもなれるはずだった。
錆び付いた髪の毛を竹櫛でとかしたとき、ばらばらと地面に落ちる乾いた果肉を見てあなた泣いてしまった。かわいそうあなた弱虫ね。カワイソウアナタヨワムシネって目を閉じて十回つぶやいて、そのまま三回まわってオギャアってないて。目を開けたら駅のコインロッカーに捨てられたあかちゃんだった。ミカコという名前をプレゼントしてもらった十二月二十五日に拾われた女の子、小さな果実を握っていた。
夜空に実る無数の果実をもぎ取ることができた誰かが、アイスピックで穴をあけて空から街へ果汁を垂らした。街は甘いにおいを放ち蟻やねずみやゴキブリを歓迎するから、街で暮らす人達は風呂敷で宝石を包みそれを担いでよその街へ移住した。悪い夢でもみているようだと誰かはつぶやき、ミカコを背負った老婆はあてもなく南へ向かって歩き続けた。生まれて間もないミカコの臍の緒はまだ夜空と繋がっているから、老婆が一歩進むたびミカコはむずがって背を反らせる。
十七になったミカコの背は歪んでいた。歪んだ背骨を恋人に指でなぞってもらうと夜がきた。ミカコにはやわらかなものを握り潰す感触を楽しむだけの優しさがあったから何にでもなれる。猫にでも、亀にでも、サンタクロースにも 、歪んでいてもいいのなら
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作品 - 20121201_033_6514p
- [佳] ミカコ - 深街ゆか (2012-12)
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