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作品 - 20121106_388_6455p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


それがすべてじゃないさ。

  菊西夕座


鷺山動物公園のてっぺんに「ゴリラ」と銘うたれた檻がある
(空には星屑、ニヒリスター。)
外縁に堀をめぐらせ灌木を張り渡し数本の石柱を突きたてて芝を植えた箱庭の
(地には砕石、ニヒリストーン。)
野ざらしにされた角切りのコンクリートボックス内をのぞきこめば
自販機サイズのでくの坊が黒い毛むくじゃらで気だるくうずくまっている
(無言の宝石、ニヒリストパーズ。)
ロケットランチャーのような肥大化した腕をはちきれそうにもてあまし
ぶっとくいかつい短足を 片いっぽうは投げ出して もういっぽうを抱え込み
俺にいわせりゃ――「ゴリラ」だ?「檻ラ」だ。――「野獣」だ?「隷獣」だ。

階段を上って爬虫類館のまえにせり出す手狭なバルコンが雌「檻ラ」の観覧席
(夜空にまたたくニヒリスター。)
視界の中途にかかる蜘蛛の巣さえ気にしなければ絶好のビューポイントだった
(地には転がるニヒリストーン。)
まるで狙撃手にでもされたようなうしろめたい気持ちが兆すのを見逃すならば

「檻ラ」はガラス張りの電話ボックスにホモサピエンスが収まるすがたを連想させた
といってもそのボックスは横倒しにされ彼女は壁にもたれ片ひざを抱えこんでいる
手にもつのは緑色の受話器ではなく『藁にもすがる想い』の小さな藁くずだった
藁くずをピチャピチャ舐めながら彼女が通話している相手は上の空だろう
(たゆまぬ煌めきニヒリストパーズ。)

うつろな目が蜘蛛の巣越しにもうお前を見飽きたという単調なシグナルを投げかけてくる
(彼女と見合いしたのはこれが初めてなのに一瞥で俺を見限ったのか)
「檻ラ」の重く沈めた土手っ腹は爆弾を巻く殉教者のように悲壮さを帯びて硬くふくれあがっている
(首に巻きつくニヒリストール。)
箱庭に入るかわりに彼女が観衆からとりあげたのはゴリラそのものではなかったか?
(足を滑らすニヒルスロープ。)
あるいは「ゴリラ」という名の檻に入ることさえ彼女は拒絶しているのかもしれない
だからこそ檻の中に置かれた冷たいコンクリートの箱で二重に囚われてみせるのか?

ならばその腹が爆裂し「ゴリラ」という名の檻を高々と粉砕する日を夢見よう
(空にこぼれるニヒリスター。)
爆風は箱庭に張り渡された太い灌木を裂き石柱をなぎ倒し水のない堀をのり越えるだろう
(地には飛びちるニヒリストーン。)
強化ガラスを打ち砕き厚い胸をいからせバルコンに躍り上がり狙撃手をひねり潰すだろう
もう手の届かないところに消え失せた恋人の声を待って永遠に受話器をもちつづけ
その受話器をマイクロフォンに代えて美しい歌を痛切にうたう道化師もひねり潰すだろう
得意げに山を下りた人間はそのときまで野生の真性を「ゴリラ」で騙りつづけるにちがいない
(黙せる宝石、ニヒリストパーズ。)

「もしもし、あなたはもう安らかな天上に羽をのばして暮らしておりますか?」
「おかけになった電話番号は現在つかわれておりません」
胸をたたいて閉じこめた思い出をいっせいに呼び起こしてもあなたの声は響かない
いつまでこうして期待に輪をかけていれば途切れた糸がもういちど結ばれるのだろうか
荒れた湿地でいたずらにのびる瓶子草のような影をひきずったまま同じ世界をのぞき続け
ふたたび振り向く姿を射とめるためにあなたが視界をよぎる日を待ちこがれている
(ニヒリスター・・・ニヒリストーン・・・ニヒリストパーズ。)
鷺山動物公園のてっぺんに「我ら」と銘うたれた檻がある

文学極道

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