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作品 - 20121008_810_6398p

  • [優]   - リンネ  (2012-10)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  リンネ

 べっどの端に巨きな猿がぽつねんと腰かけている、屈託に塗れた、しわだらけの顔を赤く燃やし、静かに息をしている、世の中馬鹿なこともあるもので、夜が更けるとともに猿は銭湯へと変化してゆく、そこではさまざまな効能を持つ数多の湯が用意されているが、どれもくつくつと煮えたぎっているために、入浴後、胸から足の先まで赤く焼けただれる羽目となった、そのまま停車した電車に押し入り、いくつかの街を通り過ぎてわたしの部屋に来たのだと言う、わたしは猿に言われるがまま鎧兜を着せられるが、これは線香の匂いがする、厄払いなんて要らないよ、本当はこの時間、文庫を片手に眠り落ちてしまいたいのだと文句を吐いて猿を困らせる、さしあたり他人事のように感じる、猿を見つめてみると、彼もまた巨きな目でこちらを見守っている


 無様にひっくり返ったわたしは、兜虫のように両手両足をもそもそと動かしてべっどから転げ落ちる、が、運悪く仰向けになったままである、感傷に浸る間もなく、わたしは神輿のように担がれてどこかへ連れて行かれる、猿はいつのまにか三匹になっている、道中、彼らの話が聞こえてくる、まもなく地球は水滴のごとく宇宙の底に落ちて、暗く一面に広がって朽ちてしまう、などという他愛のない冗談を、再生機のように繰り返している、毛むくじゃらの手が六本、根のようにわらわらとわたしを支えている、心地良くもある、路上には点々と間隔をあけて、子猫の燃え殻が転がっている、皆、ふらふらしていたところを猿に燃やされてしまったらしい、恋人たちは大事そうにそれを拾い、神妙な面相を向け合って愛を確かめ合う、そんなふりをしている、人は皆愛を知らない生き物だった、焼けた猫の真っ赤な舌が一瞬飛び出してそうつぶやいた、幾分脅迫めいた表情をしている、恋人たちは何も知らずに拾った猫の頭部をもぎ取り、丁寧に鞄に詰める、きりもない


 空っぽの竈のまわりにはぐるりともう数え切れないほどの猿が囲んでいる、巨きな釜の中にぽつねんと座りこんで、煮られるということの恐ろしさに思いを馳せてみる、決して愉快ではない、もうすぐ準備ができますから、と、べっどに居た初めの猿が久々に顔を覗かせて笑う、とたんに、幻覚なのだろうか、一面見渡す限りの雪景色が見える気がする、乱れも冷たさもない、このどこかに猿たちは埋まっているのか、要らぬ心配もする、たまに顔だけ雪の中から覗かせている猿が居る、だれもかれも照り返る光に眩しそうな目をしている、ここに座ったまま、知っている顔を探すが、いざ見つけてしまうのが怖くて変にきょろきょろとしてしまう、大声で呼んでみると、返事はない、皆ただ人のように笑ってこちらを見返してくる


 黒い布で目隠しをされてしまった、わたしはもう押し黙ることを決めた、不安のねじまがりの中に言葉はむしろ邪魔になるだけではないか、次第に暗い視界の中央から巨きな川が流れてくる、猿たちは首尾よく橋を架けて渡り始めるが、こちらは容赦なく激流に呑み込まれた、体が強張る、くるくると天地が回り回り、自分の居所が蒟蒻のごとくまるで掴めない、分かるのは回転の中心にただ自分が居るという事だ、彼方から何者かが接近してくる、どうも怖くなる、そちらに目をやるが、つかのま、わたしの視線は思わず全てを通り越して、自分自身のまっくらな背中に突き刺さる形となった


「きみは狂ったように、哭くことができるか!」
「哭く間もなく、川は走り去った!」
「猿たちは嗤いながらぼくを歌った!」
「きみは空が大地の上に流れることを知っているか!」
「呆れた!空は雲に食べられてしまった!」
「雲は大地に落ちた!」
「きみはこのお話を気に入ったかい?」
「もちろん!ぼくはきみが憎くてたまらない!」
「猿が、竈の火に飛び込んだ!」


 終日、中身が無い、中身が無い、と、嘆く声音はどこから流れてくるのか、きりもなく、ともかくその繰り返しは案外気持ちよくわたしを慰める、朝、だらだらと体中を垂れる汗を、風呂場でしきりに流しながら、一度死んでしまった人間のように、開き直って屈託のない一日に向かおうとする、それは、さて、今日の朝食は何をつくろうかと、食に悩むことからはじまる一日である
 炊飯器が湯気を吹きあげている
 どれ、白飯でも、食べようか

文学極道

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