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作品 - 20120929_570_6377p

  • [佳]  ピーク - ゼッケン  (2012-09)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ピーク

  ゼッケン

説明されて分かったことはつまり、
つまり、おれはいま生きている
しかし、自分では証明できない、ということだ
男は技師のヤマモトです、と名乗った
いまは視覚だけの入力ですが、
ヤマモトは言った、正確にはおれの再構築された視覚野に書いた、
経過が順調であれば
次は聴覚野の再建にすすみましょう
おれはおれの視覚野に文字を書いた
オト、が聞こえる?
そうですね、オト、として感じられるようになるでしょう
文字が浮いては消える
絵はついてないのか?
おれの質問にヤマモトは言った、いや、書いた
いまのところ、画像情報を入力するには、あなたの脳の残存細胞数が足りません
しばらくすれば培養された細胞が移植されます、すこしずつですが、視れるようになります
おれは白い画面に文字を浮かべる
視野の背景が濃淡のない白一色なのは
眼球も残っていないかららしい
おれの姿を
見たいんだが
上司の許可が必要です、聞いておきましょう
ヤマモトはおれに残された数少ない細胞を温存するために
会話を1日15分に限定していた
それでは
おれはヤマモトと名乗る人物をたぶん男だろう、と思った
しかし、技師などではない、捜査官だ
ヤマモトはおれを幸運な患者だと言っていた
新式の脳-機械接続インターフェイスの被験者に選ばれたのだと言った
おれは信じない、幸運という言葉を使う人間を

表れた画像はモノトーンの粗いものだった
ベッドらしき四角い枠の上にソーセージのような形の、
おれはただの棒だった、
たいへんな事故でした
ヤマモトが言う
奇跡です、
おれは笑った
わ、は、は、
ヤマモトはカメラのレンズをヤマモト自身に向けた
どうしたんですか?
人の顔というのは、人には認識しやすくできている
おれにはヤマモトの顔が分かった
見覚えはない
ヤマモト、嘘がヘタだね
そうですか?
おれの乗ったクルマに爆弾を積んだバイクを突っ込ませたのはこいつらだ
あのね、あなたの組織、壊滅したよ
そんなことより、おれはピザが食いたい
ところが、アレが出てこなくてね
ヤマモトが顔を伏せた、手元の端末を操作しているのだろう
ヤマモトの姿が上からゆっくりと上書きされてあの女の写真に変わる
売春婦だった、それがじつはやんごとなき方面からの家出娘だった、なんてのはよくある話だった
女は金をもって末端のチンピラと逃げようとしたところを捕まって拷問されて死んだ
ふたつの死体の局部は切り取られていた
そのような瑣末なトラブルにおれがいちいち関わっているなどとはあの狂った父親も思っちゃいない
分かっているにも関わらず、おれを爆弾で吹っ飛ばしたのだから、狂人だ
アレは犬にでも喰わせたんだろう、手下が、しかし、娘のアレを取り戻すためなら父親はなんだってする
おれをソーセージにした上で、アレの在り処をソーセージ尋問機を使って聞き出そうとしている
ヤマモト、おれは

ピザを食えるのかな

視ることはできます
ヤマモトはカメラをライブに切り替えた
注文したピザが届いたのだろう、ヤマモトが立ち上がり、病室のドアを開ける
ピザ屋がヤマモトを撃ってヤマモトはよろよろと後退し、カメラの視界から消えた
殺人の宅配だ
おれの組織の中枢は失われたが、末梢の器官はまだ生きている
ただ、末梢に判断能力はない、プログラムを実行するだけだ
ピザ屋はおれに銃口を向ける
えらいぞ、用心深いやつだ、念のためにソーセージも撃っておこうというんだからな
おれの粗い視野の中央でピカリピカリと斑点が浮いた
いまのところ、視覚しか入力が繋がっていなかったので
おれは何も感じなかったが死んだんだろう

文学極道

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