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作品 - 20120924_321_6362p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


白檀の香り

  深街ゆか



台所で卵を洗っているところ
茹でて殻もまるごと食べられるように
マヨネーズの用意もできてるよ



あなたはトイレのなかに映った自分の顔が
血の気がなくてとても歳をとっているようだと
ひどくおびえているけれど
その必要はないとわたしは思うんだ
だってわたしから見ればあなたは十分若いし
好きな子を自分のものにできる美貌ももっているじゃない
鉄筋コンクリートの壁に熱をあずけて
もういちど一緒に1から数え直しましょう
眠りの先には目覚めがあると決まっているんだから
卵なんて、あんな過去のもの、もう忘れて
ほら、過去のものはこうやって踏み潰すのよ
固い殻の中のやわらかいところ一緒に潰して
お腹がすいてるなら冷蔵庫にヨーグルトがあるよ
冷蔵庫が空っぽなら
スーパーマーケットになんだって売ってるんだから
そんな心配そうな顔をするのはやめて
あなたのその顔、見てるとイラつくわ
ともだちが新人賞を受賞した?
知ったこっちゃないわよそんなこと
それよりあなたの背中、ずいぶん曲がってない?





ばあさんはよく死んだふりをする
息子夫婦がお見舞いにやって来たときも
目を閉じて死んだふりをしていた
お母さん何か足りないものはない?
そんなものはなかった
ただ、夜になって院内の電気がすべて消されると
宇宙にほうり出されたように寂しかった
木星にほうり出されたこともあったから
だからばあさんは無線機が欲しかった
それとメンソールの煙草
だけど
何も言わずに死んだふりをきめこんだ
ばあさんは夜になると
無線機のかわりにナースコールを握る
そんなばあさんに孫のイチタが
誰にも繋がらないおもちゃの携帯電話を持たせた
ばあさんは1から0まですべてのボタンを押してから
ありがとね、帰りに中庭に寄っていくといい
ゼラニウムがとてもきれいだって
看護師さんが言ってたから
そう言ってイチタを帰した





おかえりなさい、わたし考えたんだけど
わたしの誕生日にはビャクダンの香りを贈って
あら、あなたすごく疲れてるみたい
おばあさんが亡くなったの、そう
でも昔からおばあさんて生き物はすぐ死ぬものよ
それにわたしたちだって
ねえ、顔色がとても悪いわ、ベッドで横になりなさい
いやだ、泣いてるの?
だいじょうぶ、あなたのおばあさんは
あなたがおもちゃの携帯電話をほんものだと言ったこと
これっぽっちも気にしてないわよ
だっておばあさんは機械音痴なんだもの
そんなことより、おねがいね
わたしが生まれた日にはビャクダンの香りを贈って
死んだ日よりもわたしが生まれた日のほうを
あなたには知ってほしいのよ
それから今すぐにでも猫背はなおしたほうがいいわね

文学極道

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