話も尽きて、どうしようもない沈黙のたゆたいが、待ち構えていたかのように一瞬のため息の間もなく場に満ちて広がる。女の鈍感さか、あるいは性根からしてこうした雰囲気の冷たさを好むのか、まったく悪びれるともなく、無意識の端に身をほうり出さんばかりに、そちらのほうへ肩の重みを絶えず落としてはその重力にあらがうかのよう、ぎりぎりこちらの表情をうかがって目を現実に泳がす。手前で勝手に身の危機をつくり出すんだからどうしても危なっかしいものだが、そうしている時の表情は反対に湯にでも使っているように平穏なのだから怪しい。そんな女の繰返しを五分十分と眺め続けるうちに、次第に自分も女の放心の姿を鏡映しするかのごとく指先鼻先全身いっぱいに微力を溜め、努めて現実の瀬戸際に居座り続けようとする。私がむやみに人の気をうかがいがちなせいでもあろうが、どうやらこの場合は、ともするとこうした粘りの中に女との皮膚の触れ合いを見つけうるのではないかと俄かに予感する、肉体感覚の当たり前な情動が関与しているのではとも訝る。気づけば女のほうは水を含んだような妙に黒く重いワンピースから剥き出しに伸びた生白い腕を赤く掻き毟りながら、その動きの危うい鋭さを自覚するともなく、時間の流れに紙一重先をゆくかのようにしてふいに静止する。そうして指の動きが止まれば、私がその女の曖昧な時間間隔を捉える間もなく、再び立ち行く生の時間を追うようにして私の目の少し手前を女の視線が動き出す。
「わたし、この頃、右目が重いんです。すごく重くて、もう少しで右足からつんのめってしまいそうなくらい。まるで目の下に憑きものがぶら下がっているように、じわりじわりと視線が右下に沈みかかって、はっと気づいて持ちこたえるんですけど、こうひっきりなしにそんなことが続くと、もう踏ん張りも聞かなくなって、その重みに身を投げ捨ててしまおう、そうすればでんぐり返しをするように、もう一度くるりとまともに戻れるんじゃないかしらって、都合のいい話ですけど、どうもそんな気がするんです」
「それは危険な兆候だな。右目が落ちるなら左目も同じように落とせばいい。問題はつり合いです。もし左目が落ち過ぎたのなら、今度は右目をそれに合わせて落としてゆけばよい。調整がきくんですよ。終わりない不毛な微調整に見えかねませんが、結局私たちは生きて往生するまで常にそうやって右と左の釣り合いをとり続けて過ごしているようなものですから」
まして、人間の生活である。右に傾き一つの生活に落ちついて寄り添えども、そこに踏みとどまろうと右手右足にどっしりと重みを蓄えれば、今度はその重力で生活が弛んでいく。慌てて左半身に重心を傾け、ぐらりと釣り合いを図ろうと前のめりになっても、すでに大量の重みを含んだ右半身にすっかり身体を取られて、あとはきりきりと残りの人生を舞い踊るばかりである。
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選出作品
作品 - 20120820_505_6280p
- [佳] 話も尽きて、どうしようもない沈黙のたゆたいが - リンネ (2012-08)
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話も尽きて、どうしようもない沈黙のたゆたいが
リンネ