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作品 - 20120725_039_6227p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


まだ見られる・もう見られない

  右肩

 両腕を真っ直ぐ垂らして、直立していました。左も右も、瞼はずっと開いたままでした。
 北半球の一角では巨大な雲が連なりきれずに途切れ、ややあって空間に青い領分が拓かれてゆくのでした。その光景を直接見ることができたわけではないのですが、そういう認識がどうもここら辺りにあったのです。
 もし雲というものが、三十数度の傾きで上を眺める視線の、その先を遮り続けるのなら、次のように言うこともできるでしょう。
「遮られた視界の、遮られた論理の向こうに実際にあるものは、月ではなく、こことそっくり同じ地球であるはずです。」と。
 今は、そういう無根拠な推論が、健康な咀嚼のように記述されています。愛とはそうしたものだ、と無根拠に推定しているから、だからそんなこともできるのでした。
 車のステアリング・ホイールの外縁は、フィクションとして記述されたもう一つの地球と同じ、円の外周の体裁をとります。エンジンをかけたら車を出しましょう。夜、荒野の一本道を何処へともなく走り去って行くために。もちろん車に乗っているのでは不特定の何処かへと去ることはできません。自分の乗る車から置き去りにされてみて、取り残された誰かとして見送るのですね。
 直立して見送るもの。瞼を開いたまま見送るもの。どうしようもなく地表に棲むもの。
 その頭蓋の中には、知覚の中枢として白い芋虫が収まっています。柔らかな体が薄い皮膚にきゅうきゅう押し込まれ、はちきれてしまう恐怖に自らもがく、そんな生き物です。腹の下部には退化して用をなさない脚。たらたらと吐き続けられる糸。この虫の容積の大部分は腸に占められており、食い破られた葉の断片が溶解しながら長い腸をゆっくりと移動していきます。いくぶん比喩的ではありますが、これはつまり時間というものの顕現です。
 こことあちらとの境目で歌姫は歌いました。こことあちらの境目は、霧の立ちこめる海が空に溶け出しているように不分明です。歌姫は次のような歌詞で歌っています。

 マリアよ、あなたという性別のないマリアよ
 あなたは産むものになるべく生まれたの
 されたこと したこと見たこと見られたことを
 みんな細かく区切りなさい
 細かく細かく区切ったら
 もう何もかも許されず、まだ何もかも許される
 主よ、母に先立つ子よ

文学極道

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