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作品 - 20120707_720_6197p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


君に伝えたい

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 ぼくは会社を休んだ。株式の建築会社だ。今朝、目を覚まし、まだ眠りたらないモグラのように目頭をこすると木魚を叩きながらこっくりこっくりと居眠りをするつやつやなお坊さんが一瞬あたまをよぎり、その幸福そうにふくらんだ鼻ちょうちんが儚くぺちんっと割れた瞬間「いけない、これは寝坊だぞ!」と飛びあがろうとしたのだけれど、ぼくのあたまのちょうどいつもならウェットティッシュやプロパンガスのことを考えている部分が赤やら黄色やら桃色やらを撹乱させて頭蓋のへりを擦り上げるたびにバチバチとトラッキング現象を起こしている。サーモンピンクの火花を散らし、悪意をもった痛みを両手いっぱいの花束のように抱えた白ありがぼくのあたまの中で何千という隊列を成し徘徊している。ぼくは青色吐息で暗くてせまい前頭葉の階段の踊り場にあるブレーカーを落とす。今日は夜まで、くすぶり続けるひとりぼっちのキャンドルナイト気分で貧乏臭い省エネ運転の不快極まりないスローライフをおくることになるだろう。ぼくは右手で受話器をにぎり、いつも無口で蜘蛛の巣みたいな口ひげを生やした部長の金子に「すみません、頭痛が痛いので休みます。」と霞みかかったソプラノでこの惨憺たる有様を告げる。そして、その二分後に「先程の件ですが決して重複表現ではございません。デリカシーの欠片もなく理不尽で非常識な頭のイタさ、であることを強調したまでであります云々。」と弁明の電話をしようとしたが弁明の余地にはすでに青々とした雑草が生い茂りその真ん中には「くだらない」とだけ書かれた野立て看板がななめに突き刺さっていたのでやめにした。欠陥だらけのぼくのあたまと体は悲鳴をあげている。きっと、ぐつぐつ煮だった寸胴鍋にあたまからつっ込まれるロブスターの悲鳴もこんな感じだろう。引き千切れるギリギリまでテンションが強められたガットギターの弦みたいにキーキー言って見る見るうちに錆止めの塗料がペイントされた鉄骨さながら真っ赤に染め上げられてしまう。ひどいもんだ。ところでさ、正月の飾りに伊勢えびが良く使用されるけど、あれってどうしてか知ってる?あれはね、えびみたいに腰が曲がるまで長生きできますようにって言う長寿祈願の意味が込められているんだってね。まったくバカバカしいよ。どうして腰が曲がってまで長生きしなくちゃならないって言うんだ。ぼくは年寄りはきらいだよ。それに最近の年寄り、あれドーピングしてるだろ。腰なんてバネでも仕込んでいるみたいにピーンとしてるしさ、彼らは話が長いんだ。ほんの小さな話の火種から導火線に火が点くと月までえんえんとつづく線香みたいに煙ったい話を息継ぐ間もなくしゃべりつづける。話を聞き終えるころには疲れ果てて東京タワーも大展望台付近からくねっとへし折れるんじゃないかってくらいだ。それでさいごに彼らは自慢げにこう言うよ。「いやぁ、わたしも今年で八十歳だよ、嫌だねぇ!」ぼくはそんなとき「お若いですねぇ。」なんて口が裂けても言わないし驚く仕草も見せない。そんなことを口走ってしまえば目の色を変えてまたおんなじ話をあたまから、怒鳴るように、大きな声で。まるで怪獣だよ。ゴジラだ。東京タワーと国会議事堂を破壊する怪獣王だ。ああ、どうせならやっぱり年寄りはえびのように腰でも曲がっていた方がかわいげがあるのかもしれないな。なんだかおしゃべりしているあいだに少しあたまの痛みが和らいできたようだ。あたまのなかで錆びついていた歯車が少しずつ動きはじめている感覚。けれどぼくは忘れかけていた余計な痛みを感じ始めていて、ちょっとイライラしている。どうやら革靴が足に合っていないらしく、株式の会社へ初出勤の前日に新調した革靴だっていうのにすでにぼくのくるぶしは木こりが斧をいれた切り株の断面みたいに皮がめくれて、てらてら光りいやらしい痛みを醸し出している。それに、もしかしたらあの会社自体ぼくには合っていないのかもしれない。カブシキ、カブシキってみんな言うけれどぼくにはなんのことだかさっぱりなんだ。ぼくはもうじきあの会社に辞表を出すつもりだ。いつも仏頂面でろくに口もきいたことのない金子だったがいったいどんなことを言うのだろうか。それとも余りの無口のためか本当にあの口ひげは彼の顔にへばりついた蜘蛛の巣で、もう何年も開かずの扉なのかもしれない。珍しい年寄りだ。ぼくは若い木こりが骨を休めているあいだに辞表を提出し、その帰り、あの「くだらない」とだけ書かれた野立て看板を蹴り飛ばしに行こうと思っている。でも、ぼくはまだ好きだよ。建築とか、北欧とか。ぼくには夢があってね、それはフィンランドの小高い丘に小さな家を建てて、子どもたちのためにドールハウスと世界一かわいい長靴をつくることなんだ。ぼくは建築家くずれの駆け出しくずれのモルタルだけど、さいごに君に伝えたい。ぼくと結婚しよう。

文学極道

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