彼女の趣味は緑黄色野菜を育てることでも青少年の腐った性根を叩きのめすことでもなくて。僕は未だ嘗てその母の寝息を聞いたことがなかった。日がな一日縁側に居座り、どうにも退屈そうな夕焼け空が明日の方向へ段々と陳列されているのを、いつまでも飽きずにみつめている母は。僕は彼女の涙を見たことがない、それはとても悲しい物語なのかもしれないし、全然そんなものではないのかもしれない。
ある日イシスはばらばらになったオシリスの身を嘆き、彼の体をかき集めたのでした。
ヴァギナの海に溺れていたんだ、
夜に、夜々に僕は磨り減る体を水面に浮かべて、ずいぶん画期的な夜空を拝見していた、これが宇宙、これが夜、これが散らばった僕の体。土嚢を敷き詰めて海の中に塁を作った、そこで僕が見つけたのは僕の体の一番大事な部分で、
僕はそれを拾う。
母のいないアパートの4階から僕は監視を命じられた女を見つめていた。台風のさなかにオレンジの傘をさしながら自転車をこぐ彼女の横から一塊の暴風がしたたか彼女を打ち付けて遠く、大気圏の外まで彼女を吹き飛ばしたよ。やれやれ空を見上げたら、思いのほか斬新な空と空と空と空とが明日の方向に向かってくだらない雑貨屋の品物みたいに月並みに陳列されていたんだ。僕はそのひとつを指差して、お前は美しい、と叫んだ。そこから彼女は降ってきた、彼女の名前はキャスリンで、まるでメルヒェンみたいに、つまりばかみたいに降ってきた、右手に傘をしっかり掴んで、とはいえそれなりのスピードを伴って、傍に広がる田園風景に交じり合いながら消えていったよ。
ある朝、パソコンの修理業者の声で目が覚めた。襖越しに、
このパソコンUSBポートが一つしかないぞ
馬鹿いうなこっちにもあるだろ
ああ、なるほど、こりゃ美味そうだ
その後聞こえた母の嬌声が妙に疎ましくてそのまま散歩に出かけて11ヶ月が経ったころに、お前、妹ができたよ、って、名前はふた子にしようかなと言うから、へんな名前はよしときなよ、と。だって二人目だからさ、という言葉が聞こえたとき、僕は自分の名前が三郎であることに驚愕した。それから僕は母が一人縁側で空を眺めている時を見計らって友達を呼んで、500円玉を受け取って、散歩に出かけた。斬新な空が段々と明日の方向へ伸びていって、僕は、
マリーは屋上が好きで、三十前半の男性がまだ仄かに瞳に野生を湛えながら次から次へと落っこちていくのが好きだった。
ケイトはサリーの友達で笑袋みたいなやつだったから、首を絞めながらアレする快楽を教えてやった。
ジェシーはイボ痔が男性器を歓ばせることを知って以来、いぼ痔の痛みはすっかり忘れてしまった。
京子は虫風呂に入るのがいやでいやでたまらなくなって発狂してしまった。
セイラは警官である父親のレイプに耐えられるようになったことに耐えられなかった。
縁側で母の隣で夕暮れ空を見ていたんだ。空のグラデーションはそれぞれ画期的で斬新な毎日がいかにも月並みに配列されて、二人は飽きずにそれを見つめて。彼女が、五郎は元気にしてるかな、って言った時、僕はそれを聞こえないふりして、空に向かって、お前は美しい、と叫んだ
したら、あいも変わらず斬新で退屈な空と空と空と空と空から
キャスリンが降ってきた、傘を広げて
ケイトが降ってきた、笑い転げて
ジェシーが降ってきた、京子が降ってきた、セイラが降ってきた
それなりのスピードで、まるでメルヒェンみたいに、つまりばかみたいに、
楽しそうなとこ悪いけど、ばかみたいにばかじゃすまないリアルを地面の上にぶちまけられても、ハロー、マリー、お前も来るかい?
もの拾いしてくる、母にそう言って、くすんだ玄関の扉を開いた途端射し染める光がとりとめもなく僕を集めていたんだ。
最新情報
選出作品
作品 - 20120628_513_6175p
- [佳] 溺れる - る (2012-06)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
溺れる
る