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作品 - 20120619_335_6157p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


釣れないな

  sample

なないろの架け橋から
ダムが嘔吐している
あじさいが
潤んだ目を擦り合わせ
ねむたげな林道
葉うらで演奏される口琴
耳をすます野池
水面の波紋に
意識が吸い込まれ
蛙の呼吸に同調したら
靴ひもの結び方は、もう
忘れてしまった

遠い海に住む
漁夫の塩辛い
手の平の上に似た桟橋は
老いてもなお
あたたかく逞しい
木目につまった砂粒が
汗を握っているかのように
朝日に煌めいている
釣り針に糸をとおし
きつく結ぶとき
僕の手は
求愛する鵜になる

竿を振りあげ
耳のそばで指先をはじく
着水し、青に溶けるライン
蓮の下の魚眼を
だまし抜くため
理想の身長に近い竿先に
なんども、なんども
女たらしの嘘をつかせる
けれども
疑問符みたいな
害魚が針にぶら下がっては
口の形のかたちを
Qにしたり、Aにしたり
するばかりだ

そうこうしてるあいだに
お日様にはゆったりとした
たも網がかけられてしまい
雨を降らせると
水面が鳥肌を立てて
足並みを乱す
僕は、今日の釣り人をあきらめて
レインコートを羽織る
フルフェイスのメットをかぶり
国道をまっすぐ進み
二段階右折と、信号待ち
黄色い傘をさし、孫と散歩していた
おばあちゃんの影と
集団下校する、小学生の影
自転車にまたがり
スカートを湿気た空気でふくらませた
女学生たちの影が交わって
横断歩道をわたる
ひとつの大きな影になり
また、はなればなれになって

玄関のドアを開けて
なまぐさい手を
洗っていると
エプロンを
ゆるく結んだ妻から
日がな一日
どこへ出掛けていたの、と
問い質されて
僕は一体、
どんな口をすればいいのか
わからないでいた
視線をそらした先には
物干し竿と
ぶらさがった洗濯ばさみ
町は半分
まっかな舌を出している

文学極道

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