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作品 - 20120618_314_6155p

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巫女の山で戯言をのたまう。

  片山純一

 死骸が転がっている。汗ばんだ身体が重い。膝の伸縮が固い。夜を眠らずに過ごすと、暑くてかなわない。どうして今朝は曇っているのだろう。ぼんやりとし始めた視界に色を入れるため、キャスター付きの椅子から立ち上がって、開いていた窓から身を乗り出してみると、光源の在り処のわからない明るみが眩しい。目に沁みて、痛くて開けていられない、そう思って細められた両の目は、それでもちゃんと閉じられることなく、眩しさに軋みながら、ただ拡がっているだけの画をこっちへ通した。画の片隅には死骸が転がっている。
 見開かれた両の目には、期待が満ち満ちているね。どこから生まれて、これからどのように生き、どこで死んでいくのかもわからない女の子が、たった今のぼくの世界そのものだ。そのことが少し恥ずかしい。論理的ではないし、そもそもぼくにだって意味不明だ。ただ、この娘に怒鳴りつけられれば、世界はこんなにも厳しいものだったろうか、とぼくは呻き、喜びに微笑んでくれれば、世界が潤い輝き出すのが、ぼくにだけ見える。こんな通り一遍の感傷をこそ馬鹿にしていたぼくは、恥ずかしくて、女の子を直視できない。直視できない女の子のために、ぼくはアルバイトを始めた。
 オジン連中がよくする、独り善がりの説教を、ぼくら若者は憎んでいる。でもぼくに関して言えば、そういうのは嫌いじゃない。オジサンたちは挙ってぼくを小馬鹿にするし、見下すけれども、そんなの、誰も気にしちゃいないと知っているから。結局、ぼくら若年層は繊細に周囲を気にしている間、若者でしかないんだろうと思う。ねえ、オッサンよお、アンタ、死ぬの怖くないの? マジで。口にすればオジサンたちは、ぼくの友人たちは、家族は、何とも言えない気まずさや、負い目みたいなものを覚えるだろう。だからぼくは口にしてきたことなんかないし、若者でしかない。
 死骸は、猫だ。猫だった、猫でしかなかったものだ。ずっと目をそらせずにいた、数分間、ぼくはその猫がどうして死んだのかを探ろうとしている。潰れて破けた腹から内臓が飛び出していれば、轢かれたんだな、とわかるのに、そんな具合で。そろそろ彼女がうちに来る。通り道にある死骸は確実に、ぼくの家に来る途中の彼女に見つかるだろう。そして多分、うちに着くなり綺麗でぱっちりと大きな両の目を少し歪めて、道端に転がっている猫の死骸について言及するだろう。もしそうなったら、ぼくは今度こそ世界にではなく、君に対して感情を震わせるかもしれない。誰かからの受け売りの説教を垂れながら、ぼくは女の子を初めて直視する。その時こそ、ぼくは本当にぼく自身でありたい。夜明けを随分回ったけれど静かな、痛いほど眩しい朝。恐らく彼女のものだろう、踵の少し高いブーツの固い足音が近付くにつれて、その路傍の死骸が、透き通るように見えなくなっていくのを、ぼくは不思議に思わないまま。

文学極道

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