筆先を紙上に置く
まだ、なにも見たことのない
目のことを思う。
インクがにじみ
黒点が生まれる。
筆先を右に移動させる
まだ、なにも聞いたことのない
耳のことを思う。
ふたつの黒点を繋ぐ
線が引かれている。
筆先を下方へ移動する
まだ、痛みを知らない
腹のことを思う。
垂直に線が引かれ
三つめの黒点が生まれている。
筆先を左に移動させる
まだ、冷たさを知らない
手のことを思う。
線と線が対置し
四つめの点が生まれている。
筆先を基点へ重ねる
まだ、うそぶいたことのない
口のことを思う。
四つの点が結ばれ
形が生まれている。
四角、である
口と呼んでも良い
カタカナの「ろ」でもあり
人は窓だと言うだろう。
筆先を四角へ閉じ込め
空白をでたらめに走らせる
まだ、逃走を知らない
足のことを思う。
黒い固まりが描かれている。
光の角度によって紫色に見える。
暗い洞穴のようでもある。
筆先に思い切り力を込め
右斜め上方へ払う
まだ、飛ぶことを知らない
鳥のことを思う。
濃く鋭い筆跡と
ひき裂かれた紙に
空隙が生まれている。
筆を置く
まだ、何も書かれていない
白紙のことを思う。
わたしがいる。
机と、万年筆と。
最新情報
選出作品
作品 - 20120324_307_5956p
- [優] 空白 - sample (2012-03)
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空白
sample