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作品 - 20120203_208_5849p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


モヒート

  大ちゃん

禁じられた談合
悪戦苦闘の某中堅ゼネコン
ドボンぎりぎりで
とある山奥の田舎町の
トンネル工事を落札した

どの道この道
赤字なのだが
銀行さんの手前
少しは数字を良くしたい

このパターンの時は
奴隷のような俺達
傘下の協力会社に
ババが廻って来る

ゼネコンは
地元の土建屋を使わず
犬のように聞き分けのいい
俺達を駆り出すのだ

生きぬように
死なぬようにと
奴らの言いなりで
黙々と働く俺達

一方的に体の良い
護衛船団システムが
いつの間にか
出来上がっちまっていた

これじゃぁ全く
地域の為にもならない
仁義もヘッタクレもない
俺達はこの町でも
招かれざる客だった

夜のほうでさえ
バブルの頃なら
クラブに繰り出し
盛大に稼いだ金を
ばら撒いたものだが

せいぜい居酒屋で
時化た酒を飲むのが
このご時世には
お似合い

だけど
そんな中でも俺は
この間テレビで
ヘミィングウエイ特集を
見てからと言うもの
にわかにショットバーに凝り
地方を仕事で巡る度に
店探しを楽しみにしていた

パパ・ヘミィングウエイ
男の中の男
あまりにもいけている
俺はゲイではないが
抱かれてみたいとも思う

キューバ滞在中に
パパが飲んでいた
伝説のカクテル
「モヒート」

ラム酒ベースに
ライムを絞り
フレッシュミントを添え
タンブラーで掻き混ぜる
シンプルかつ強烈な
男の勝負酒だ


糞みたいな穴倉(トンネル)から
今日もなんとか
無事に出て来られた

仲間の誘いを断ち
地元タウン誌で見つけた
この町に一軒だけの
ショットバーへと向かった
ローカル色ゆたかな
「モヒート」が
今夜も俺を待っているのだ


バー・アミーゴ
紫煙の充満した
薄暗い店内に
ボワッと水槽の灯りが
滲んでいる

鬱蒼と茂った
水草の間を縫って
泳いでいるのは
熱帯魚ではなく
中国産のメダカだ

このチョイスの理由は
たぶん
「安い上に丈夫だから。」
だろう

大陸のケミカルな
原色の小川を
生き抜いてきた
筋金入りの
バイオフィッシュだ

ハンティングが好きだった
パパにあやかって
サファリジャケットを
粋に着こなした俺
ややぶっきら棒に
カクテルのオーダーをした

「モヒートを一杯。」
渋いな俺は・・・
自分に惚れる瞬間

「そんなものはない。」
バーテンダーの無情な一言

何だと貴様
俺がゼネコンの一派と知っての
嫌がらせなのか?

「ミントとか、とにかく草がない。」

奴はしゃぁしゃぁと続けた

仮にもショットバーの
看板を上げながら
モヒートの一杯も
出すことができないなんて
もう一刻も早くヤメテシマエ!

「草がなかったら、道端でヨモギでも採って来い。」

俺は怒鳴り上げた

バーテンダーは余裕の表情で

「よし、採ってきてやる、立小便をつけてな。」

下品だなお前
ヘミィングウエイを
バカにしているのか

地元の先客達
クスクス笑っている
どうやら俺は
一本取られたらしい

このままじゃ引き下がれない
芋を引いたままで
何時までも笑っている
そんな俺じゃないのだ!

ムンズと棚に手を伸ばし
邪魔をするバーテンを抑え
ラム酒の瓶を取り出して
おもむろにグラスに注ぐと
傍らの水槽に手を突っ込み
水草を掴んで投げ入れた

「喰らえ、これが俺の藻ヒートだ。」

奴の口めがけてグラスごと
特製カクテルを突っ込んでやった
歯とガラスが当たり
どちらかが割れた音がした

突然の
ハードボイルドな展開
天国のパパも
ビックリしながらも
きっと喜んでくれるはず

地モッピー達は
焼酎の瓶を
カウンターに叩きつけて
武器造りに励んでいる

俺は俺で
奴らを牽制しながら
アイスピックに
舌を絡めている

一触即発
微妙な空気の揺れでも
この場末のバーは
戦場と化すだろう

「ふぁってくれ(待ってくれ)。」
流血のバーテンが
俺達の間に割って入った

「これは旨いよ!ファンタ(あんた)天才だ。」

折れた前歯の間に
紛れ込んだらしい
血まみれのメダカを
ビチャビチャさせながら
奴は言った

「このファクテルの作り方を、
教えくれないか。」

鼻血と一緒に
水草を出し入れしている
バーテンダーの
マジな顔がチャーミングで
俺達は誰彼となく
笑ってしまったんだ

「いいぜ、持っていけよ。
今からこいつは、お前の酒だ。」

イエース
男達の野太い声が
狭い店の中で
歓喜の爆発をした

それから皆で
水槽の水草とメダカが
全部なくなるまで
夜通しカクテルの
踊り飲みをした

雨降って地固まる
地元もよそ者もない
俺達はただ陽気な
モヒートのファンだった


あれから健は
(バーテンダーの名前)
例の踊り食いカクテルで
キューバで開かれた
モヒートコンテストで優勝
一躍スターダムにのしあがった

あのど田舎の町も
「モヒートタウン」として
世界的に有名になり
ちょっとした
観光名所になっている

モヒートせんべいに
野沢菜のモヒート漬けは
モンドセレクションで
金賞を受賞した

カクテルから手足の生えた
ゆるキャラのヘミングちゃんは
恋人のフジコ・へミング共々
グッズの販売で単年度的に
キティちゃんや
リラックマを抜いていた

立派な町おこしだった

今日も観光バスに乗って
俺達の作ったトンネルを通り
日本中いや世界中から
あの町に客が集まっているのだ


俺達ゼネコン旅団はすでに
次の現場に移っていた
今日も何とか
ほら穴から出て来られた
黒い汗をぬぐいながら
血のような夕焼けを見ていた

「パパ、俺もう、いつ死んでも良いよ。」

すると近くの山寺から
陽の終わりを告げる鐘の音が
静かに鳴り響き始めた

それはまるで
天国のヘミングウェイが
俺達なんでもない
その他大勢の者の為に
鳴らしてくれたようだった 

文学極道

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