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作品 - 20120201_157_5844p

  • [佳]  約束 - 葛西佑也  (2012-02)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


約束

  葛西佑也

ぼくたちは夕暮れに会うことにしている
空気がちょうど冷え始めて
息遣いの変わる頃
あの角度で日が射してきて
お互いの表情を背景に滲ませる
反転する。

君の顔はもうなかった
溶け出している
飲みかけのペットボトルのお茶の中
赤茶けた光が乱反射して
五本しかない指を飲み込んでいく
もう片方の五本しかない指で
体の半分の方に手を伸ばそうとする
それはからだのはんぶんであって
具体的などこなのかは
ぼくたちには分かるすべも無く
五本しかない指をお互いのからだを
まさぐるためだけに用いている
いつだったか
それを無駄なことだと言った人は
今は老人ホームで暮らしているそうだ
きっとヒゲを生やして
錆びたような肌色に違いない
いや 違いなかったのだ
それでいて 彼には爪を噛む癖があったのだ
唇から溢れ出しているのは
色の出来すぎた紅茶みたいな
水飴状のやつだった

ぼくたちはよくからだを分解しあって遊んでいた
白檀の香りのする匂い袋がいつも胸ポケットにあって
「好きな香りなんだ、嗅ぐ?」といつも君は聞いてきた
それから気がつくとぼくたちは分解をしあった
そこからはあくまで機械的に 規則的に
そして 反射的に
分解しあった
それから一瞬目の前が赤く染まる
それから一瞬目の前が白濁する
天を仰ぎ見ているだけのぼくに対して
君は その鋭い目でこちらを睨みつけていた
(それは昔飼っていた愛犬の
 亡くなる前日に一瞬見せた
 あの目であった
 黒目を限りなく小さくして
 その周囲を限りなく白濁させた
 模型のような)

君は弟を一緒に分解しようと言って
ぼくらはそれ以来 夕暮れに会うことをやめた
今では 五本だけの指をすっかりうしなって
にんげんに触れることができなくなってしまった
失った指の先は土色になっていた
それは今 あの人がくわえている指だ
それは今 あの人がしゃぶっている指だ
それは今 紛れも無くぼくの指だ

文学極道

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