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作品 - 20111205_155_5742p

  • [佳]  電話 - ゼッケン  (2011-12)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


電話

  ゼッケン

事務机の上の日に焼けて褪色した古い電話機は
いつまでも鳴り止まない、小さな液晶の画面に表示されている
電話を鳴らしている番号に心当たりはない
おれの他に電話をとる人間はいない、いっしょに残業していた同僚は
ビル一階のコンビニに夜食を買いに出た
いつまでも鳴り止まない日差しに焼けた古い電話機、おれはこれ以上
作業に集中できない、受話器を取り上げ、ひとこと
まちがいだ、
と言ってやれば作業
の続行はたやすい
そのように思ったおれは
受話器を取り上げ耳に当てた
きみはすでに喋りだしていた
あの、どちらにおかけですか? おれはきみを遮った
あれ? 誰よ、おまえ? きみは言った
おれは
あの、どちらさまでしょうか?
と言った
しょうがねえな、じゃ、これから番号言うから
こっちにかけ直すように言ってくれ
きみは番号を言って電話を切った
おれはきみの言った番号を覚えられなかった
おれはしばらく受話器を握ったまま
男だということしか分からないきみが
おれを目下に扱ったことに腹を立てていた
おれが中断した作業を再開するためには
おれは新品のペットボトルの蓋を開け、水をひとくち
口に含み、口中の水が充分にぬるまった頃、水を飲み下さなければならなかった、電話が鳴った
おれは受話器を取った
なに、向こうは出なかったの?
きみの詰問する口調におれはなんと答えていいか分からなくなった
いえ、あの、番号、ちょっと分からなくて
はあ? ふつうメモぐらいとらない? ふつうメモぐらいとるよな?
ふつうメモぐらいとらないのかって聞いてんだろ! 

きみはメモをとらなかったおれのことを
きみはあきれた表情をつくって
おもしろおかしくきみの周りに吹聴するのだろう

もういいよ、今度はメモとれよ、もう一度言うから、紙とペンだよ、すぐに用意して
紙とペン、用意して
きみは一度沸騰した感情を抑制するよう努力した
そのことがおれには分かった
きみは思ったより訓練を積んでいる人間なのかもしれない
おれは訓練されていない人間なのかもしれない
おれは電話機の横にメモ用紙が並んでいることに初めて気づき、きみの言う番号を書きつけた
おれがメモ用紙の数字を読み上げるときみは電話を切った
おれは番号をプッシュして相手が出るのを待つ
ばからしかった、まちがい電話をしてきたのはきみじゃないか、なぜ、きみが
電話をかけ直さないんだ、直接かけ直せばいいだろう、おれを支配下に置いて経由するより、
そっちの方が効率はいいはずだ
3分経って、おれは作業に戻らねばならなかった、受話器を置く
おれは忙しいんだとおれはおれに言いきかせねばならなかった
つけっぱなしにして夜食を買いに出た同僚のパソコンに向かい、
ワード、パワポ、PDFを片っ端から覗いてゆく
同僚はきっとおれのアイデアを盗んでいる、その証拠を探す
え? もしかしてぼくのパソコン、覗いてました?
オフィスのドアが開き、コンビニの袋をぶら下げた同僚が立っていた
おれはいちど開いた口を閉じて、それからもう一度開いた
あれさ、このまえの企画さ、おれも同じこと考えてたんだけど、どうして?
ああ、先輩の出しっぱなしになってたUSBからちょっと拝借しました
おれは安堵した、やはりあれはおれだけのアイデアだったのだ、盗まれただけだ
おれが考えたのだ、おれだけが考えた、おれだけで考えた
部長はボツだって言ってましたけど
同僚はおれを押しのけるようにして椅子に座った
ビニル袋から出したコンビニ弁当を机の上に広げる
いや、べつにかまわないし
おれは機嫌をとるように言った
今度から言ってくれればアイデアとかいくらでも貸すから、言ってよ
いや、自分で考えた方が採用されたんで
あ、そうなの? よかったじゃん、すごいね、おつかれ
おれは鞄を持って職場を出る
もういちどきみから電話がかかってくるかもしれない
そのことをおれは同僚に言わなかった
きみのことを同僚に説明するのは億劫だった

文学極道

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